15分という名の3時間半

愛知県は半田市の観光の目玉「赤煉瓦建物」
明治時代の元ビール工場。

入り口で市民ボランティアによる
15分間の無料ガイドをお願いした。

ガイドさんに
「15分じゃなくて5時間お願いします!」
とまずは冗談でジャブを打つ。
70代のガイドさん
「すみません、15分間って決まってますので」
と笑って断られた。
そりゃそうだ。

そう断られたんだけど、
15分間をとっくに過ぎてるのに
ガイドさん熱が入って来て
ずっと説明してくれる。
こっちもずっと質問攻め。

例えばレンガの壁に残るのは
戦時中アメリカ軍の
P51戦闘機に銃撃された痕。

「今日は建物の外だけのガイドって
決まっていて、ごめんなさい、
建物の中はガイドできない決まりなんです」

「それはなんとも残念です…
長〜い15分をありがとうございました」

そうして建物の中の資料館に入って行くと
なんとそのガイドさん、建物の中にまで
付いて来てくださってた。

「ガイドの服着てるとマズイから」って
ユニフォームを脱いじゃって
ずっと説明を続けてくださる🤣🤣

途中から非番のガイドさんまで加わって
くださり結局ガイドして頂いた時間は
15分が「3時間半」に。

それでも私にはまだまだ聞きたいことが
山ほどあって、ガイドさんも益々まだまだ
説明したいことが山ほどあって。

3時間半も一緒だと、もうガイドさん達は
昔から知ってる親戚のおじちゃん。




夕陽の海

夕陽が沈むのをじっと見つめるのは
どれくらい振りだろう。
ひょっとしたら子供の時以来かもしれない。
あっという間にまんまるの太陽が沈み切る。

さみしいような、静かな落日。
いいも悪いもない。
みんな生まれて死んでいくのだな。

(セントレア国際空港沖)

八百津町ふるさと納税

人口1万人足らずの小さな八百津町。
それでも近隣市町村からは特産品が
多いと羨ましがられる。

小さな町だけど全国区に
内堀醸造さんのお酢。
栗きんとんは緑屋さん、亀吉さん、
梅屋さんに藤乃屋さんと目白押し。
お肉に焼豚は御嵩屋さん。

まだまだ知られてない特産品もいっぱい。

そんな伝統ある老舗の多い中
八百津町ふるさと納税人気ランキングで
現在1位が山ちゃんの甘酒。

なんともありがたいやら恐れ多いやら。

ふるさと納税はいよいよ繁忙期。
八百津町ふるさと納税へのご寄附、
感謝の念と共に返礼品を送り出す毎日。

八百津町のふるさと納税窓口は
①ふるさとチョイス
②楽天市場
③さとふる
④ふるなび
⑤ふるさとプレミアム
⑥ANA
⑦JAL
の7つのポータルサイト。

うちの返礼品は甘酒に発芽玄米に
いのちの壱(お米)など11種類を出品中。



シックでごめんなさい

岐阜県関市は昔から「関の孫六」と言う
日本刀をはじめ刃物で有名。
知る人ぞ知る世界三大刃物生産の街。

有名なカミソリ刄の「貝印」と
「フェザー」は兄弟会社。

初めてそのフェザーミュージアムに。
入場料無料が申し訳なくなるほどの
充実した展示内容に驚く。
近隣の市町村にも面白いところって
たくさんあるなぁ。

関市には伝統を継承している
刀鍛冶の友人がいるので
今度会ったらいろいろ聞いてみよう。

ちなみに彼はたくさんのアラブの
王族たちと付き合ってる。
よく中東に出掛けてて、
お陰で山ちゃんの甘酒が
ドバイまで飛んだこともある🤣

家に帰って見てみると
私の髭剃りはshick…外資系企業。
 しまった。
ミュージアムでは無料でカミソリの歴史を
見せてもらったんだから
次は貝印かフェザーに。

雨の当元

この村は6自治会あって祭りの当元
(村祭りの当番)は6年に一度やってくる。
祭りと言ってもコロナだから
簡単な神事のみ。

28年前私がここに移住してきた時の
村の人口は650人ほど。
今では多分200人(170-180人くらいか)
を切っている。

28年で400人減ったと言うことは
一年平均14人減ってるので、単純計算すると
この村はあと14年で人口ゼロになる。

実際にはゼロにはならないだろうけど、
14年後には村での若手の56歳の私が70歳。
今の村の中心メンバーは85〜90歳に。

高齢化、寝たきり、施設入所は間違いなく
加速度的に進む。
人口減は一年平均14人ペースでは
とても済まない。
間違いなく村祭りどころではなくなる。

28年前に650人いた人口は
これから14年後には50人を切るだろう。
いや、もっと減る。

次の当元がやって来る6年後の村祭りですら
きっともう自治会単位ではできない。
これが現実だ。
自分と周りの年齢を計算してみれば
簡単に分かってしまう現実。

日本中のたくさんの村も同じ状況にあるなんて
都会では想像ができない。

当たり前にあったものがゆっくりそして
急速になくなって崩壊して行く。

 「今年の当元は、私にとっても
これが最後だろうな。。」

そんな気持ちで祭りの準備を
自治会の人と一緒にした。

雨の秋祭りは28年で記憶にない。









ボケますからよろしく

2018年公開映画「ぼけますからよろしくお願いします」の続編「おかえりお母さん」

派手なアクションも俳優も出てこない、
シナリオも脚本もない、
地味な一般人高齢者のドキュメンタリー。

ところが生きるとはどう言うことなのか
死んでいくとはどう言うことなのか
人にとって大事なことはなんなのかを
まざまざと見せてくれ考えさせてくれる映画。

一作目ともまた違う老いと優しさ。
みんな老いる。
みんな死んでいく。
だから尊いし悲しいし醜いし美しい。

大学生時代に観たドキュメンタリー映画
「阿賀に生きる」を何十年ぶりに思い出した。

バンクバンレッスン

28年前田舎に引っ越す時に抵抗があったのは
もう気軽に演劇が観れなくなることだった。
若い時にはそれくらい小劇団を沢山観てた。
最もお気に入りの一つに劇団「ショーマ」
もう数年前に解散してなくなって
しまったけど。
このシナリオは時々思い出しては
もう10回以上は読み返してる。

作演出の高橋いさをさんの脚本は
舞台がリアルなのか演劇なのか
現実なのか虚構なのか頭が混乱して
グッと引き込まれる特徴があった。

バンクバンレッスン。
高校演劇でも演じられるその筋では
有名なシナリオは銀行強盗モノ。

銀行強盗に襲われるという訓練を
重ねていくうちに銀行員も強盗役も
熱が入りよりホンモノぽく、臨場感ある
リアルな銀行強盗事件に仕上がっていく
と言うストーリー。

緊張感のない訓練1回目、
緊張感を改善した2回目の訓練の後、
3回目の訓練はさながら迫真の銀行強盗劇になって行く。

訓練だよね?
あれ?
ホンモノ?
いや訓練だったよね?
あれ本物の犯人?

銀行員が犯人に撃たれて死ぬ。
あれ?
訓練だよね?
銀行はパトカーと多くの警官に取り囲まれる。
犯人のお母さんが息子を説得に来る。
あれ?
犯人が銀行員の逆襲に遭い死ぬ。
あれれ?
死んじゃうって、、これ、、訓練だよね?
いつの間にかホンモノ?
いや、そんなはずはない。

第一これ演劇だから元々虚構の世界だし。

あれ、最後はみんな死んじゃって
支店長だけが生き残った。
支店長「訓練終わり!」って宣言しても
みんな死んじゃって倒れたまま。
揺すっても叫んでもほんとに死んでて
動かない。

「おい、みんな、起きてくれよ!これ訓練だろ!嘘だろ!」と支店長はパニックになって
それでもみんなは死んでて起き上がらない。

とうとう最後たった一人生き残った支店長
「おい!嘘だろ!訓練だろう?
嘘だろ!起きてくれよ!」
パニックの極限に達した支店長は
落ちてたピストルで自らの頭を打ち抜き死ぬ。

ピストルって言っても自分の人差し指と親指。
だから嘘。
なのにバーン!って音が出て(銃声も本人の声)
最後は支店長も全員舞台の上で死んじゃう。

観客はしばらく全員倒れて誰も動かず
音もしない静止した舞台を見続ける。
あれれ?
指のピストルで???
でも誰も動かない。
ほんとに死んじゃってる。
いやいや、そんなはずないし。
あれれ?あれれ?

観客全員が息を呑み、静止した舞台を
見続け頭の中を現実か虚構かと
十二分に混乱させてから。

舞台の上で死体になって横たわってる
役者たちが「フフフ」と小さく笑い始めて
やがて大きく「ワハハ」と笑いながら
全員が立ち上がる(生き返る)。

あー、そうだよね、
これ演劇だし、訓練だよね。
死んでなかった。
観客ほっとする。

銀行員や犯人役たち
「今回の訓練はすごく迫真に迫ってましたね」
「もう一度この訓練やりましょう!」
「今度はもっともっとリアルにできそうな気がします」
「今度は撃たれたときにはもっと派手にひっくり返って〜」
などとお互いの訓練での演技を褒め合う。

支店長
「みなさんだいぶ上手になられましたね。
これぞ訓練!
これなら本物の銀行強盗事件そっくりです!」
「それではもう一回やってみましょう。
みなさん、訓練にはリアリティーが大事です。あまりオーバーアクションになりすぎないように注意してください!」

「それでは犯人役の方、外からもう一回
押し入って来てください!」
「任せとけ!もっと本当の犯人に見えるように凄んでやる!」
「訓練よーい!はじめ!」

そこで役者全員の動きが止まり、
一瞬照明全開
音楽が大きくなるにつれて
照明はフェードアウト。

舞台暗いまましばし大音量の音楽。
照明が点いた時には
舞台上で役者さんが横横一列。








ベスト10入り

いい本に出会うのはとてもうれしい。
「人生を変える幸せの腰痛学校」

これはわかりやすく素晴らしい。
それに何度も泣き笑いしてしまった。

これで私は「例え腰痛になっても
もう大丈夫だ」と言う自信が湧いてくる。

今まで読んだ中で間違いなく
ベスト10入りの名著。

腰痛で困ってる人全員に読んでほしい。

シュール

思ったより難しい本だった。
期待してた依存症脱出方法論でもなく
もっと心の内面に迫ろうという内容。

現代に氾濫しているドーパミン、
誰もがみんな溺れてしまうと警告してる。
私もみんなもその点は薄々自覚してるし
知っている。怖い怖い。

巷に溢れてるドーパミンを
ネットやゲームや飲酒やギャンブルなどで
皮下注射し続けていると重大な反作用を
起こしますよ。
逃避しないで自分の心や行動を直視しなさい。
内面を見つめて嘘を付かずに生きなさい。
と言う本。

いやいや、それができないから手軽な
依存に逃げるんじゃんと心の中で呟く。

最近は暇さえあれば以前に増して本を読む。
移動中もお風呂でもトイレでも。
こりゃ読書依存症だ。

読書依存症から脱出するために
依存症脱出の本を読むってシュール。

 だめだこりゃ🤣

極寒の感謝

楽天市場ふるさと納税甘酒部門で
山ちゃんの甘酒が全国ランキング1位2位。

全国から1769件の甘酒が出てる中で
うちのお米(甘酒)が評価されて
ほんとうに光栄でありがたいことこの上ない。

これからの時期、標高600mの仕事場は
陽が差さず一日中氷点下の日も。

身に余るありがたさの身震いに
極寒の震えが加わり、
一日中ガタガタブルッブル。

携帯電話vs物流業者さん


標高600mの山奥でもこうして
農業経営ができているのは
間違いなく物流業者さんのお陰。

携帯電話は無くしても
生きていける。
財布やカードを無くしても
生きていける。
物流業者さんがいなくなったら
山の中で農業は成り立たない。

だからドライバーさんには毎日自分なりに
できる限りの挨拶をする。
佐川急便さん日本郵便さんヤマト運輸さん
西濃運輸さん福山通運さん毎日ありがとう。

さぁ、年末に向かって忙しくなる。

長崎くんち キリシタン 丸山遊郭

350ページをやっと読了。
長崎遊郭の歴史とキリシタン禁制そして
長崎くんちの関係がよくわかった。

人のバックグランドが千人千色なのと同じく
土地も歴史や背景が違って
長崎市はやっぱり独特。

道がクネクネですぐ山でなんでこんな
湾を囲むように人口が密集して他のどこにも
似てない独自の文化があって、
何か一つでも欠けたら
すぐコケてしまうような危うさがあって。

短い時間の滞在でもそんな匂いを
嗅ぎ取れる答えがこの本には
凝縮されている気がした。

改めて長崎くんちをYouTubeで見た。
すごい。知らなかった。
歴史と文化と人間の熱量、そして
この本で感じた背景や危うさが
すごい。
著者のこの本にかける執筆意図や熱量も
すごい。

涙腺の日曜

忙しくても日曜日は休むぞ!と心に決めて。

市民ボランティアによる映画祭。
映画「いとみち」
よかった。
さすが映画好きのボランティアの方々が
選んでくださった映画。
歳を取ると涙腺が緩くなるは本当で
中盤からずっと泣いてた。

主演は駒井蓮さん21歳。
人間はたった9ヶ月であのように
三味線が弾けるようになる
ものだろうか!
すごいの一言。
才能豊かな若き女優さんに拍手👏

異次元

これはすごい。

腰痛ベルトの中でも異次元の装着感と効果。
30kgのお米袋をたくさん扱う最中に
突然ドカーン!!!!!!!
と爆弾が落ちたようにやってくる腰の激痛。
息もできず、立ち上がることもできない時も
このベルトの紐を左右に引くとあら不思議。
へっちゃらで戦線復帰。

YouTubeではみんな装着した時に
「おおおお〜」って感動の声。
え〜、そんなのヤラセでしょ?と
疑っちゃったけど、初めて装着した時に
私も不覚にも「おおおお〜」
なんと表現していいのかわからないけど
腰がほんとに軽くなる。

有名ブランドの半値以下のを試しに
買ってみたけど、効果は十分。
費用対効果抜群の3980円、
腰痛持ちの救世主💋

これはすごい。

変な気分

ヤフオクで自分の祖父の絵葉書を買う。
古い絵葉書専門店なるものがあるのを
初めて知った。

爺さんは私が生まれる12、3年前に
亡くなってるから会ったことはない。

爺さんの絵は東京芸大や熊本県立美術館に
所蔵されてて実家にも1-2枚あるけれど、
絵ではなく絵葉書をしかもヤフオクで
買う孫の気分はなんとも微妙。

じいちゃん、こんにちは。孫です。



たくましさ

稲刈りを終えた切り株。

稲の成長点はグッと下の方にあり
稲刈りして切り株になっても死なない。

そこからまた復活して
葉が出て、なんと穂まで再び出して、
そしていよいよ霜に当たって枯れて
一生を終える。
(穂は出すがお米にはならない)

ちょっとやそっとのことではへこたれない
見習うべき稲の生命力。
自分もそうありたい。

読む薬

読む薬、今回もギックリ腰に効き目抜群。
この本を読み終えた時には痛みが半減。
この本は私には合っている。

若い時はギックリ腰から復帰までに
決まって2週間かかっていたのに
痛みは残ってはいるものの
今日4日目で普通に仕事復帰。
ありがたい。

腰痛は心の代弁者、脳のフェイクか?
痛みのメカニズムを知ると
痛みが軽減される不思議。

念のため行きつけのマッサージにも。
午後6時半開始〜10時半終了。
マッサージ4時間(4000円)って!!
同じ歳の先生と4時間ずっと話してた。

出番だ。

一昨日からギックリ腰。
痛くて歩くのはおろか寝返りができなーい!

毎日の重いお米と寒さでやられたか。
整体に行ったけど芳しくない。

そこでこの本久しぶりに登場。

若い時から今まで何度も何度も
ギックリ腰をやらかしてきたけれど、
信じられないことにこの本に出会って
からはギックリ腰になってない。

いや、正確に言うとギックリ腰を
やらかすはやらかすんだけど、読むと
急速に治っちゃうからあ〜ら不思議。
私にとっては魔法のような本。
実際に何度もこの本のお陰で
生き返って来れた。

歳を重ねて疑い深くなってしまった今も
この本の効果はあるだろうか?
幸か不幸か今回のギックリ、
痛み100点だから検証開始。
イタタ、イタタ.....

さぁ、出番だ。

娘さん

四肢を切断されてなお力強く生き抜かれた
中村久子さん。の娘さんが書かれた本。

お母さんは厳しく正義感が強く凛と
されてたが、娘さんは明るくおてんばで
天真爛漫。

その母娘の性格のコントラストが
また読む者をグッと惹きつける。

四肢を失くされたことで、たくさんの
「ある」を実現された母娘、旦那さんを
はじめ交わったたくさんのご縁から
生きる生かされることを改めて
教えていただいた。

この本にも、いや、娘の富子さんにも
本の中で出会えたことに感謝。

爺さんを買おう

祖父山田隆憲は洋画家だった。
オークションで彼の絵葉書を発見。
さぁ、お爺さんを買い戻そう。

うまい。

市民サークルによる映画祭。
さすがいい映画をぶつけてくださる。

「浜の朝日の嘘つきどもと」
何度も泣いてしまった。

主演高畑充希さんもさることながら
特に大久保佳代子さんの演技の
自然さ、うまさには腰を抜かした。
「やるなぁ〜」女優より女優じゃんね。

上映後監督のタナダユキさんの
舞台挨拶。
今後もご活躍が楽しみ。

短い

今読みたい本がたくさんあって
時間が追いつかない。

不遜だとは十二分に知りつつも、
ごめんなさいね、
文学の名作の数々を
僅か10ページ、
更に漫画で読んじゃおうと
する試み。
時短を目論む。

元々小説は読まないので、
ごめんね許して。

カニ

仕事場に珍客の沢蟹。

私の実家は岐阜県可児市。
可児を読める人は少ない。
カニと読む。

織田信長のお母さん土田御前は可児出身。
その織田信長を本能寺で殺した
明智光秀も可児出身。
その本能寺で織田信長を最後まで護衛して
死んでいった森蘭丸、坊丸、力丸も
可児出身。

戦国時代に殺し殺された側双方が交差する
可児で育った私は歴史物が好きになった。
石を投げればその辺が古墳だらけ。
夏休みの自由研究はいつも古墳がテーマだった。

高校は県立可児高校。
名古屋のベッドタウン化して都会的
教育ママも多かったのだろう。
県内トップクラスの進学校になることを
目的に作られた新設高校の2期生。
家から近かったばっかりに。。

偏差値一辺倒、他の価値観を一切
認めないような偏狭極まりない新設校で
多感な可能性を随分スポイルされた。

1学年180人のテストの成績の結果は
誰が何の教科で何点取って順位は何番でと
毎回毎回180人全員に分かるよう
プリントして配られトップからビリまで
順位付けされ常に競わされた。
同級生と廊下ですれ違う時は
「あいつは何点で何位、俺は何点で何位」
と自然と値踏みが始まる。

学園祭などあろうはずもなく
代わりに学習発表会ですと。
同級生の成績優秀者による
「私は絶対に東大に行く!」
と叫ぶ講義を聴かされた。
行けばいいじゃん。
巻き込まないでほしい。

そんな毎日、自分史上最悪な時間と高校。
点数や偏差値一辺倒、それだけで毎日
若い命の値踏みをするような
そんな価値観を植え付けるような
教育も教師も消えてなくなった方がいい。
「自分は絶対に教師にはならない!!」
そう心に固く誓った。

お米に食味値と言う点数がある。
その点数の高い方が美味しいお米
なのだそうだ。
「食味値を測って点数アピールをして
もっとお米を売りましょう!」
などとよく誘われるけれど、うちのお米は
誰になんと言われようと絶対に食味値なんか
測って点数化はさせない。
冗談ではない。
米にまで偏差値や点数をつけられて
そんな狭い一つの価値観だけで
優劣を競わされてたまるものか。

今は可児高校も偏差値もグッと下がり
普通の高校になったと聞く。
心からホッとする。
今の若者達には偏狭な価値観に
縛られることなく多感な高校時代を
もっと自由に謳歌してほしい。

「こんなところ来たらフォークリフトに
踏み潰されちゃうよ。早く逃げて。」
仕事場に迷い込んじゃった🦀さん、
元々いた自由な森に帰してあげた。



〜九州にもある可児〜
遠く大分県臼杵市に「可児醤油店」なる
有名老舗がある。
「なんで大分県に可児?」と調べてみると
江戸時代に国替で現在の可児市からお殿様と
商人達がごっそり移住したからだと。
当時可児から国替移住で多くの新技術や
知識や文化が臼杵に伝わったそう。
歴史資料館に行くと可児市と臼杵市の
今に至るまでのつながりを詳しく
教えてくれる。


会場で私だけ握手してもらった

誰が何と言おうと中村哲さんの顔である。

生前の中村哲さんの講演会後、
奇跡的に哲さんがロビーに一人で
ポツンといるではないか。
「チャンスだッ!」
ダダダッと駆け寄り迷わず握手を求めた。

土木作業をしているとは思えないほど
柔らかく優しい手だった。
それに気付いた聴衆が「我も!」と
近づいたけど全員警備に止められてしまい
握手ができたのは会場で私一人だった。

それから僅か数年後アフガニスタンで
彼は凶弾に倒れた。
握手は一生の思い出になってしまった。
最も尊敬する人物。
本当に惜しい人を亡くした。


君はチェーホフを知っているか

電子ノートなるものを中古で入手。

想像してたよりも手書きのノートに
比べて使い勝手が断然いいッ!
気に入った。

記念すべき練習第一号はチェーホフ。
ウクライナ人にもロシア人にも敬意を込めて。

豪徳寺

ずっと訪ねてみたかった豪徳寺。

伏見稲荷や豊川稲荷では大小無数の狐が
迎えてくれるけど、ここは数え切れない
ほどの招き猫に出会える。
井伊家菩提寺(曹洞宗)

井伊家殿様一行が寺門前にさしかかると
しきりに猫がおいでおいでをする。
誘われるように寺に入るとにわかに
激しい雷雨となり一行を助けたことに。
以来寺は井伊家菩提寺となり
招き猫は縁起物にと言う言い伝え。

この言い伝え、実は江戸期ではなく
ぐっと新しい明治になってから貧乏寺が
なんとかお金を捻出するために
創作したと言う説もある(多分そうなんだろう)けれど、どちらにしても猫猫猫猫を見に
お寺は大繁盛。
招き猫は縁起物に間違いない。

参拝客の半分は外国人。
インバウンド復活の兆し。

招き猫にお稲荷さんに馬頭観音に
ビリケンさん、うちには縁起物が
大勢いらっしゃる。



中野

東京中野。
この公園が警視庁警察学校跡地
33年前私の社会人デビューの地。
(その後警察学校は府中に移転)

直前までアメリカ留学で自由な生活を
満喫からの〜正反対の警察学校寮生活。

非効率、非合理、不条理の極み、教官達の
給料ピンハネなど警察学校の笑うに
笑えないエピソードは本にしたら
上中下巻ほど書ける。

こうした話は守秘義務違反の可能性が
あるから世間には基本流れてこない。
第一どんな理不尽があっても警察学校生が
被害を警察に訴えられるはずもない🤣

こんな馬鹿げた世界から早く所轄
警察署に出たいと、同期では2番の成績で
卒業式をニコニコ迎えると
教官が「山田、卒業式では泣かんか!」
と最後まで叱られた。

見れば「こんな理不尽や教官の搾取は
許せない!」と毎日のように怒ってた
同期生達がみな
「教官!ありがとうございました!」と
オイオイ泣いている。
マジですかっっ!!!!?

約19万円の初任給、寮費も食費も
かからないのに毎月手取りは2-3万円。
蕎麦殻の枕が3万円、安物の剣道の竹刀が
3万円etc.etc..どう見ても教官と業者が
ポイポイしてるのに
「ありがとうございました!」とは!
洗脳とはげに恐ろしきかな。

当時在校生は約2000人、毎朝朝礼後
その大所帯全員が上半身裸で乾布摩擦と
100回の腕立て伏せ。

今は中野区民の憩いの公園になった跡地で、
この辺が寮があった所、この辺が体育館、
ここは焼却場なんて思い出しながら、
芝生の上で10回だけ腕立て伏せと
久しぶりの敬礼をしてみた。

懐かしい。
とても懐かしい。
が、33年経って改めて
「教官!(搾取)ありがとうございました!」
とはならんわねぇ笑

そう言えば

在校中に学校長が転勤した。
今までの学校長には2000人の学生全員、
数百人の教官職員全員からも
餞別が集められる。
学生だけで2000人✖️3000円=600万円。
教職員数百人✖️万単位。
一回の選別は少なくとも
1000万円ほどになってたろう。

新学校長には同じくお祝いが集められる。
同じく2000人✖️3000円〜〜

つまり警察学校長に就任するとまず
お祝い金で1000万円
数年後の転勤時に餞別1000万円
給料とは別に合計2000万円ほど収入がある。

税務申告なんてしているはずもない。
学生達は「一度学校長になったらお祝いと
餞別だけで家が建つらしい!」と噂してたが
なるほど計算してみると大袈裟な話ではない。
4万人の大組織、警視庁。
人数はパワーだ。



ところで業務上知り得た守秘義務は
公務員を辞めてもずっと付きまとう。
搾取や餞別が業務上知り得た守秘すべき
情報とはとても私には思えないけど。
念のためこうした警察話を人に話す時には、
話の最後に「〜と言う夢を見た。」
と、必ず付け加える。
          と言う夢を見た。





動くと

動くと必ず何かがあって。
東京ビッグサイトでの農業展示会。

お米に高圧をかけGABAを増幅する新技術。

リモコン自走式草刈機は実用化されてて
各メーカーから300万円ほど。

農研機構が開発した有望なお米の情報2種。
こう言う話を聞くとメラメラ農民の血が。

多種多様な研究結果も発表されてて
世の中には知らない所でいろんな研究を
してる人がいるものだと研究者や
農学の大学教授とたくさん出会う驚きの一日。

頭の中をアップデート。
東京まで来た甲斐があった。

延命展示会

56歳+稲作+過疎高齢地域+人手不足+
獣害+草刈+後継者なし=普通に考えたら
私の農業人生も長くはない。

大袈裟でなく、ここ福地では早晩
草刈り(耕作放棄)と獣害で
米作りができなくなる。
これは予言ではなく現実だ。

今朝、展示会案内に気づいたら東京ビッグサイトで「草刈り」と「獣害」の展示会。
おいおい今日が最終日。
「なんと!」慌てて身支度して東京に。

この展示会はひょっとしたらそのまま私の
「農業人生延命」展示会になるかもしれない。

近い名古屋は、いつまで経ってもアウェイ。
遠いけど若い時住んでた東京横浜はホーム感。
抵抗なくひょいっと行けるのはありがたい。

ちょっとぉぉぉぉぉ

2ヶ月前に段ボールの値段が15%値上り。
そして今日業者さんが申し訳なさそうに。
今度は20%以上の値上げですと。
合わせて35%!

お米の袋も既に爆上がり。
値上がり後の価格は、
オリジナル5kgの袋は一枚68円。

オリジナル2kgの袋に至っては
ロットが小さいので
一枚なんと95円!

30kg一箱お米を送る場合、
いや、この際中身のお米一粒もなしで
箱と袋だけで送った場合でも
なんと経費は600円を超すことに。

え。

もう一度。
お米はなしで30kg仕様でダンボールと
米袋のみを送っただけで600円超え。(送料別)

更に、もし2kg袋で30kg一箱送った場合、
お米なしで袋+段ボールのみで
経費は1600円超え!
お米なしで。。。

えらいことになってきたなぁ。。
155円?

楽天ふるさと納税 発芽玄米


楽天市場にもふるさと納税サイトがある。
山ちゃんの発芽玄米が登場。

そこのページデザインは会ったことも
お話ししたこともなく、お名前すら
存じ上げない方が作ってくれてる。
(発注はあくまで八百津町になるため)

打ち合わせも何もない中で、よくもまぁ
これほど山ちゃんの発芽玄米や
私の言いたいことを汲み取って下さった
ことよ!と感心するページになってる!

センスがあるのだろうな。
どんな経歴やバックグランドをお持ちの
方なのだろう。

よきデザイナーさんにお会いすることは
滅多にない。
勉強になるしとてもありがたい。

https://item.rakuten.co.jp/f215058-yaotsu/10000259/

丸山界隈ポルトガル出島オランダ

岐阜に帰ってからも頭の中はまだ長崎。
思案橋〜原爆資料館〜三菱造船所〜出島と
限られた時間の中で巡った長崎。

坂が多く道が狭く曲り路面電車も
並行して走るから、長崎はこれまで訪れた
どの町よりも運転しづらかった。
あえて言うならやっぱり坂の多い
熱海を大きくした感じか。

びっくりしたのは、信号のない
横断歩道で立ってると路面電車が
わざわざ止まってくれて
「さぁ、お渡りなさい」
せわしない現代に珍しく
ホッとする体験だった。

長崎独特の文化は丸山遊郭や出島など
特有の背景によって作られた部分が
多いと聞く。
では詳しくその辺りをもちょっと
探ってみよう。メラメラ。

「長崎丸山遊郭」は340ページの力作。
歩いた界隈を本の中でもう一度歩いてみよう。




思案橋スナックユーミンのママ

長崎一の繁華街思案橋。
従兄弟達に連れられて入ったのが
同世代の吉田由美さんがママの
スナックユーミン。

従兄弟どもとヤイノヤイノ3次会。

ところでトイレに本の記事や紹介文。
聞いてみると、ママさんが書かれた本だと。

彼女は最愛の幼い息子さんを水難事故で
亡くされている。
それでも天国の息子さんと一緒に
生きていこうと綴られているがこの本
「ひまわりは笑ってる」
題名は息子さんの言葉。

お話しを伺い泣いた。

人様と比べるのは失礼極まりないかも
しれないけれど、私も娘にように
長年可愛がっていた馬のうららを
亡くして3年。
辛く寂しい時間をずっと過ごして来た。
だから余計に泣けてきた。

昼は甥の結婚式。
嫁さん方のご親類ともたくさんの
ご縁をいただきありがたくて泣いた。
夜はあまたある思案橋のお店から
あり得ない確率でスナックユーミン。
ママ吉田由美さんとのご縁をいただき
泣き、本を読み更に何度も泣いた。

こう言うのをご縁と呼ぶのだろう。
それにしてもここ数日私は泣きっぱなしだ。

ボウズのオフ会

従兄弟達14人でスタート。
長崎市一番の繁華街思案橋で浜ブラ。
「ほな次行こかぁ〜!」と久々のはしご酒。

酔っ払いボウズ達、
お互いハゲ増し合いながら、
気付けば6人朝の3時半。
大いに愉快な一日也。

甥の結婚式で長崎市。
特別支援学校の先生になった甥。
ついこの前まで柔道技を掛けては
何度も転ばせて泣かせていた甥。
まだまだ子どもだと思っていたのに、
考え方も体格もすっかり立派になった甥。

中村久子さんとの会話

一生忘れられない本との出会い。
昭和46年の本、中村久子さんは
私が3歳の時に亡くなられている。
それでも3年ほど同じ世界の空気を
吸っていたと思うだけで
しみじみと豊かな気持ちになる。

本はタイムマシン。
もう亡くなった方と本の中に
会い行き対話ができる。
中村久子さんは私に深く鋭く話しかけてくる。
誤魔化しや茶化しは彼女の前では効かない。
目の奥を覗かれ静かに対話する。

何度も何度もハッとさせられた。
「いろんな話をたくさん聞かせてくださり
ありがとうございました」
彼女は静かに答える。
「山ちゃん、ある ある ある ことを
いつも忘れないでね」
「またいつでもいらっしゃい。
私はいつでも本の中でお待ちしてますよ。
また会う日まで頑張ってくださいね。」
彼女は最後そう言ってくれた。

本を静かに閉じる。
鋭く優しい方だった。
またきっと会いに来よう。
中村久子さん、ありがとうございました。
それと
甲斐和里子さん、あなたもほんとうに
チャーミングでおもしろい方でした。
中村さんとはほとんど漫才じゃんね。
またいずれ!

https://halmek.co.jp/life/c/tips/2222

浄土真宗(阿弥陀如来)について知っていると
より彼女の心情がわかる。
彼女は阿弥陀信仰はしているが
決して浄土真宗門徒ではなく
あぐらをかいている宗教界を痛切に批判
している。さすが。同感。


知らぬが仏

何気なく仕事場で上を見ると。
こんなに大きなスズメバチの巣がッ!!
今まで全く気にせず真下を歩いていた。

調べてみるとあと1週間ほどで働きバチは
活動を終えて全部死に、次世代女王蜂は
土の中で一人で越冬するのだそう。

もうすぐも抜けの空になる巣に
僅かに出入りする働きバチ。
自分の寿命を知ってるのだろうか?
むむむ、私も自分の寿命を知らないか。

無理ではないかもしれないことはないこともないかもしれない

心情的モチベーションとしては
この風景を見るためにお米づくりをしている
と言っても過言ではない。
稲も風景も心の底から美しいと思う。
だが、実はここ福地はプロ米農家の
経営からすると明らかに条件不利な場所。

面積が狭い、作業効率が悪い、
水の便も悪い、猪や鹿が稲を食べちゃう、
高冷地ゆえ冷害やいもち病が発生しやすい、
高齢化で労働力がないetc
不利な条件を挙げたらキリがない。
(もちろん水源地、寒暖の差などいいこともある)

大面積の同業者からは
「よくもまぁこんなところで…」と
本気で顔をしかめながら度々言われる。
「平野に降りてくればいいのに」
そんな言われ方を失礼だとは思わない。
普通でも一枚の田んぼの大きさが
少なくとも数倍、米どころなら10倍以上ある。
作業効率は大人と小学生以上の差、
プロなら至極的確な意見だ。
ある人に「戦艦と魚雷艇ほどの
違いだ」と言われて上手い例えだなぁ〜と
感心したことがある。

たしかに、これまでここ以上に条件が悪い
または経営面積の小さな
稲作専業農家に私はただの一人も
出会ったことがない。
つまりここは常識で言えば
プロの生息域ではない。
世に出回る安いお米で競おうと考えても、
立地的に大量生産できない。
大量に作りたくても作れないのだ。

みなさんに支えられこれまで
やって来れたのは大袈裟ではなく
ほとんど「奇跡」に近い。

農業の常識からするとここでの稲作経営は
立ち行かないはずなのに生き残って来れたのは
農業の常識には捉われて来なかったから。
農家出身ではない分、感覚はいつまでも
農業外からの転職組。
東京も海外も私の中では近い。

もう一つは設備投資を怠らなかったこと。
経営面積は小さいくせに、設備の処理能力は
その数倍は楽にあり、かつほぼ最新スペックの
農機具を更新して慢性的労働力不足を
補ってきた。
その点、小さな国なのに最新鋭兵器で
固めているイスラエルに似てる。

私が転職した28年前と違い今は
「農業がやりたいです」とか
「自然の中での仕事や生活が好きです」
くらいの人では、とてもではないけれど
農業経営はやっていけない。
だから現実、うちには後継者がいない。
何人もプロ農家志望の人も来てくれたけど
体力か気力かお金のどれかの問題に
すぐブチ当たるのは間違いない。
うちを訪ねてきた農業志望者でその後
稲作のプロになった人はたったの…ゼロ。

農業経営で教えられる領域は実はかなり狭く、
その人の元々持ってる素養やセンスの方が
遥かに重要だと気づく。
他の職種と全く同じ。
そこに「農業だったら」と言う甘えは
通用しない。

 いや、心配し過ぎなんだろうか?

どこかに過酷や困難さも跳ね返す
生きる力がビンビンの米作り
志望者はいないものだろうか?

いや、そんな人はいないなぁ。
いや、待て、世の中は広い!
そんなガシガシのバイタリティある
若者がどこかにいるに違いない!
いや、そんなセンスのある奴はそもそも
こんな不利地もお米も選ばない!
いや、世の中は広い!
きっとどこかに後継者たる若者、
え〜い、この際国籍も性別も年齢も
不問で考えればどこかにいるはずだ!
いや、無理だなこりゃ。
いや、どこかに!
いや、絶対いないな。
いや、他の惑星まで広げれば。
いや、それ、そもそももう人間じゃないし。
いや、待てよ。
条件不利を逆手に取るような奴はきっと!
いや、どう考えても無理だな。
いや、ひょっとして。
いや…
いやいや…
いやいやいや…


おもいとおもい

今年獲れた新米を精米機に投入する。
ニ礼ニ拍一礼。
お米やご縁に感謝してスイッチを押す。

お米一袋は30kg。
女性や慣れてない人には持てない重さ。
28年担いできても重いものはやっぱり重い。

何度も何度もギックリ腰になりながら、
今までで一体何千、何万袋のお米を
担いできたのだろう。
そして、なぜ痩せないのだろう。

新米販売開始

今日から新米販売開始。
例年より1週間ほど遅くなったけれど
落ち着いて心の整理をする大事な時間だった。

行くぞ、お米たち!
みんなを笑顔にしよう!
さぁ、はじまりはじまり!

3回忌

今日は17年間一緒に暮らした馬の
うららの3回忌。
たくさんの楽しい思い出を私の人生に
残してくれたうらら。

長い時間まるで自分の子どもを失った
ような、これ以上ない悲しみの底にいた。

そう言えば、彼女が旅立つちょうどその頃、
郵便局さんから極小我が社としては
国家プロジェクト級の超大型契約を頂いてた。

あれは、うららの、置き土産。

連日寂しくて悲しくて大泣きしながらも
朝から晩まで大型契約の出荷に追われた。
連日考える暇もないくらい追われて泣いて
泣きながら仕事でヘトヘトになった。
あの超多忙な日々がなかったら
私はきっと重い鬱病になっていたと思う。

いいのか悪いのか、私は目を瞑り頭の中で
彼女の全てを完全に再現できる。
彼女の表情はもちろん、毛並み、
体つき、雰囲気、動き、不思議なことに
匂いや体温、手や顔に残る触感までも。

3年近く彼女を思い出しては
ずっと泣いていた。
やっと最近になって彼女のことを
思い出しても泣かなくなってきた。
それは
お腹空かせてないかな、喉渇いてないかな、
仲良しできたかな、なんて心配は
あっちの世界には要らないとわかったから。
目を瞑れば彼女と散歩や一緒に遊んで
あげることができるようになってきたから。

一緒だった17年間そして亡くなって3年間、
今日まで夫婦の会話でうららが
出てこなかった日は一日もない。
まるでまだ生きてるみたい。
多分それはこれからもずっと。
彼女も天国から毎日見守ってくれている。

私が死ぬ時には彼女は間違いなく
迎えに来てくれるという確信もある。
また彼女に会えるなんて、その日が来るのも
今から楽しみですらある。

「ありがとうね、だいすきだよ、うらら」

また会える日までお父さんがんばるからね。
これからも天国からみんなのことを
ずっ〜と見守っててください。




山ちゃんの発芽玄米

発芽玄米を販売して20年ほどになる。

GABAに植物性乳酸菌に食物繊維。
調べれば調べるほど発芽玄米は健康にいいと
わかってたけれど、当時は
「こりゃ、マニアック過ぎて全く売れないな」
売上なんて夢夢期待しない
完全自己満足商品だった。

…ところが、予想に反して発売直後から
発芽玄米はコンスタントに売れていく。

それからゆっくりゆっくり20年かけて
時代の方が発売玄米に追いついてきた。
お陰で今では我が社の助演男優賞、
柄本明か遠藤憲一並みに成長。

八百津町ふるさと納税人気ランキング
上位にも何度も登場、リピーター率も
高いなんて、こんな日が来るとは
想像してなかった。
こういうのを望外の喜びと言うのだろう。
ありがとうみなさん、ありがとう発芽玄米!



名刺と有機農業

まだ米づくり駆け出しの26年も前、長野県の
有機農業研究会に一人で参加したことがある。

そこで名刺を差し出したら
いきなり大御所と思しき人から
「名刺を持ってるような奴は農家じゃない!」と何十人もの前で思いっきり叱責された。

この本の著者とは思考回路も
就農スタートからの時代も似てて
文中に私とほとんど同じ経験、
「名刺事件」の場面が出てくる。
やっぱり名刺を出したら「信用ならん」と
言われたそうで、思わず笑ってしまった。

私も彼も出会ったのは長野県の有機農業と
言う恐ろしく狭い世界で、絶大な勢力を
誇っていると絶大なる勘違いしている
帰農●塾一派の重鎮🤣だったのだろう。
農業の偏狭さがよく出てる事件だと思う。

もし今その有機農業の重鎮に出会ったら
「貴様は名刺も持ってないのか!
名刺も持ってない奴は農家じゃない!」
と、みんなの前で思いっきり叱責して
差し上げるのに。

ちなみにそこでは夜通し
「トラクターは何馬力までは有機農業として
認められるのか?」などと言う、
不毛極まりない議論が真剣になされていて
二度びっくりした。
そんな議論するくらいなら「トラクターなど
使わず全部手で耕せっ!」って叫びたかった。

まだまだ農業界にはそういう偏狭さが
いっぱいあって、特に有機農業をしていて
「お金儲けや経営なんて敵だ!」なんて
清貧こそ正義!という若者は昔も今も
いっぱいいる。
それはそれでありだけど、私をその価値観に
巻き込まないでほしい。

そんな人に出会っちゃうと
「あー、こりゃ名刺を差し出したら
面倒なことにならないかなぁ😩」と
今でも躊躇する。
変な世界だ。

さよなら

NHKの72hours「さよなら渋谷かまぼこ駅舎」
大学とアパートは東急東横線の白楽駅だった。
だから東横線渋谷駅には数え切れないほどの
思い出がある。

もうね、渋谷の地下に元美術学校だった
小劇場ジャンジャンがあったことを
覚えてる人は少ないと思う。

ハチ公に道玄坂に109に西武に松濤に青山に、
横浜から池袋の劇場シアターグリーンに
行くのに乗り換えるのもいつも渋谷駅の
あのホームだった。

学生の時、「飯島組」という小劇団で
完全に名前だけ舞台監督として
お手伝いをしてたことがある。

よく渋谷で劇団の役者さんたちと
始発まで飲んだ。なんで劇団の人って
あんなに元気なんだろう。
終電逃して始発を待つのに渋谷駅の
シャッター前で野宿したのも10回じゃ
済まない。

酔っ払って渋谷駅から白楽駅に帰るのに
東横線乗ったら見事に寝過ごし。
1時間後に目が覚めたら横浜を通り過ぎ
終点桜木町駅。

「こりゃいかん!乗り過ごした!」と
反対ホームから逆方向に乗って再び寝過ごし。

1時間後目を覚ますと出発した渋谷駅に到着。
「うそっ!こりゃいかん!」と
再び反対ホームに乗ってまたまた寝過ごし
目を覚ましたらまたもや終点桜木町(爆)

番組を見てたら渋谷駅の思い出が
走馬灯のように蘇って、気付いたら番組内で
「ありがとう渋谷駅!」と涙してる人と
一緒になって手を振って泣いてた。





以下Wikipediaから〜

小劇場 渋谷ジァン・ジァン
(しょうげきじょう しぶやジァン・ジァン)は、東京渋谷東京山手教会地下に1969年7月から2000年4月まで存在した、収容観客数200人未満の小劇場である。内部は大変狭く、舞台の左右に観客席があるという変則的なスタイルが特徴で、文字通りアンダーグラウンド芸術の発信地として機能してきた。

出演したアーティスト

ユーミン中島みゆき吉田拓郎井上陽水浜田省吾五輪真弓忌野清志郎泉谷しげる加奈崎芳太郎西田昭彦チューリップオフコース六文銭吉田美奈子矢沢永吉宇崎竜童甲斐バンド長谷川きよし古井戸嘉手苅林昌宮城まり子宝田明中村伸郎雪村いづみ上月晃高橋竹山遠藤トム也川本喜八郎前野博アキコ・カンダ小松原庸子長嶺ヤス子ヨネヤマ・ママコ淡谷のり子美輪明宏寺山修司浅川マキ永六輔中村八大マルセ太郎イッセー尾形シティボーイズ坂本龍一矢野顕子朝比奈隆モロ師岡ダウンタウンブギウギバンドなぎら健壱所ジョージバナナマン劇団東京乾電池嵐徳三郎(七代目)、小山田宗徳鴻池薫南かおる四人囃子ザ・モップス頭脳警察ブルース・クリエイションなど。

藤沢市 永田農園

まだ農業のことを何一つ知らなかった
30年前にお会いした永田農園社長 誠さん。

初めて農園を訪れた時、広大な畑で
「突然だけど凧上げしよう!」と言われて
あの時はのどかだったなぁ。
以来、ずーっと家族ぐるみでお付き合い
していただいている尊敬する農業の大先輩。

永田農園はその後順調に農業界では
推しも押されぬ大きな会社になって。

今日は新人募集のプロモーションビデオが
送られてきた。
春には新入社員の歓迎会に呼んでいただいた
お陰で「あー、この顔知ってる、
この顔も知ってる!」

若いってそれだけですばらしい。
みんながんばれ〜ッ!

八百津町ふるさと納税

ありがたいことに楽天市場のふるさと納税
甘酒部門で山ちゃんの甘酒が1位と2位に。
見れば全国から1706件も出品されているのに。

八百津町は人口1万人ほどの小さな小さな町。
こんな小さな町だけど、全国区には
栗きんとん、内堀醸造のお酢、御嵩屋の
飛騨牛などがある。

小さな八百津町のそのまた小さな地域が
ここ福地。28年前は600人を超えてた
人口は今では実質200人台だろう。
そんな小さな地域から山ちゃんの甘酒が
全国のみなさんにこんなに評価されて
いるなんて望外の喜び。

八百津町役場の歴代のふるさと納税担当者は
優秀で一生懸命な人ばかりでありがたい。
いい人とのご縁が続いている。

 「因果」とは原因と結果のこと。
仏教ではそこに「縁起」が加わるのだそうだ。

例えば甘酒なら、モノだけじゃない、
価格だけじゃない、町の担当者さんや
たくさんの寄付者さんの存在、タイミング、
はたまた表に出ることのないストーリーなど
甘酒を支えている無数の事象を
「縁起」と言うのだそうだ。

いい縁起が揃って初めて結果に繋がる。
楽天での高評価にしても
ありがたいことだなぁ〜とつくづく思う。

八百津町には全国区以外にも実は
素晴らしい特産品がたくさんある。
願わくば良い「縁起」を得て、
ふるさと納税で八百津町の良さを
たくさんの方々に知ってもらえたら嬉しい❤️

10月17日新米発売

ありがたいことにみなさんから
「いつから新米ですか?」と
お問い合わせをいただく。

新米は10月17日から発売。
感謝と共にお送りします。



キャー!

10年前の久松達央さんの本を読んで
この人は事象を言語化する才能がすごい!
と感心した。

それでは彼の最新刊を読んでみよう。
「農家はもっと減っていい」光文社新書。
前作は200ページ、最新刊は370ページ。

まだ はじめに しか読んでないけれど
各章の説明だけでも秀逸。
前作から10年経って感覚も文章も明らかに
先鋭化してより広くより深く進化してる。

前作は農業に対して私が感じてきたことが
ものの見事に文章化されてて、ある意味
似過ぎててつまらなかった(褒め言葉)
私に言語化の才能があれば同じような
本を書いてたと思う。
もし彼と対談してたら「そうですね〜」で
すぐ終わっちゃう。

はじめに だけでこれほど感心した本はない。
日本の農業なんて大き過ぎるテーマは
私にはもうほとんど興味がないけれど、
楽しみなのは、彼の10年の進化と
私の10年の振り返り。

10年前はほとんど同じ感覚でいた私と著者。
その後の二人の感覚の進化や退化、
変わらない共感ってどんなだろう。

こういうのをご縁というのだろう。
本の中で彼とゆっくりで
対談してみようと思う。

予感通り

いい意味で面白くない本。
これは完全に褒め言葉。

なぜ面白くないって、著者久松達央さんと
自分は農業に関してほとんど同じ意見。
予感は合ってた。

彼の才能は何事も明解に言語化できること。
意見は同じだけど、私には
こんなわかりやすい言語化はできない。

約10年前の本。
それ以降彼の意見がどう変化したか
しなかったかにとても興味が湧いた。

次は彼の最新刊を読んでみよう。

彼の本でなかったら「農業」という
狭い世界の本は読もうとは思わない。
そもそも「農業」という切り口自体に
無理があるし、農業という発想から
農業が伸びていくとは私には思えない。
…という意見も多分彼と同じ。

若さは巡る

34年前に北アイオワ州立大学に
一年半ほど留学してたことがある。
当時の大親友は香港人。

若い二人で「女なんてよ〜っ」と
よく互いの失恋話でやけ酒飲んでた。
今でも家族ぐるみのお付き合い。

香港から「jrがカナダに留学する」と
連絡があった。
小さい頃は線の細いシャイな子だったのに
随分逞しく頼もしくなったな。

巡る巡る時代は巡る。
そうか、もう34年経ったんだな。
そうか、カナダか、jrの人生に幸多かれ。

邦題 幸せはここにある

ホロリとくるいい映画。
自分の老いと重ねて。
黒人女優さんがとてもチャーミング。

盛者必衰

1980年を基準にしたGDP成長率の
国際比較グラフ。
解釈はいろいろあるけれど。

バックパッカーや留学してた
35年くらい前の「日本は先進国でお金持ち」
というイメージは文字通り過去。

中国韓国の伸びと日本の差は一目瞭然。

年間平均所得も日本は韓国に
抜かされ今では40万円ほど低い。
そして、今後もっと開く。

それでも一人一人の幸せ度が高ければ
お金で負けても全く問題ない!!…
のだけれど…。






10月17日から新米発売

10月17日から新米の販売開始。
今はその下準備でてんやわんや。
 
きぷらす工房の小嶋さんから「iPhoneを
ISO16にアップデートすると画像編集が
楽になりますよ」と教えて頂き早速。

「ほんとだっ!」
画像切り抜きが驚くほど簡単になった。
ISO16は画像編集界のネジザウルスみたい。

ネジザウルス

DIY や工具を扱う人なら経験したことのある
ネジ山の潰れ。
ネジ山を潰すことを「ネジがなめる」と
言うけど、やらかすとネジが取れなくなり
にっちもさっちもいかなくなり
かなり深い絶望感に襲われる。

工具を扱わない人にとっては、
トイレに入って紙がなかったり
出ようとしたらドアノブが取れて
出られなくなった状況に近いか。

そこで出ましたネジザウルス。
はなはだ評判が良く、名前は知ってたけれど
「おい、マジかよ!」途方に暮れてた
潰れたネジが一発で取れた。

紙のないトイレにいきなり紙が投げ込まれたり
取れたドアノブのすぐ横に自動開閉ボタンを
見つけすんなり開いた時の感動は
こんな感じだろうか。

ネジザウルス1890円、熱帯雨林で
注文後12時間で着いたのにも2度驚き。

「ある ある ある」

同じ岐阜県にこんな方が
いらっしゃったことをネットで知った。

中村久子さん。

「ある ある ある」

は、彼女のとある詩の最後の部分。
これほどまでに強く、深い「ある」を
私は知らない。

https://halmek.co.jp/life/c/tips/2222

今日は一日中彼女に励まされてる気がして
仕事をがんばれた。

中村久子さん。(Wikipediaにも)

縁起

駆け出しの頃は手当たり次第に
農業や稲作の本を読んでいた。
私には稲作の師匠がいない。
当時はネットもなかったから、
農業ズブの素人には本から
独学で勉強するしかなかった。
当時出回っている稲作の本は
ほとんど買い漁った。

お風呂に入る時も10冊くらい持ち込んで
毎日毎日読んだ。
農作業で疲れてお風呂で読んでて
意識失って、初期に読んでた本は
お風呂に水没してふやけたものが多い。
そのお陰でたった2-3年で栽培知識だけは
経験豊かなプロ農家を超えてたと思う。

やがて知識は経験に全くかなわないことを
思い知るようになるのだけれど。。

さて、久しぶりに農業関連の本を
手に取ってみた。
この著者おもしろい!
まだ読み始めたばかりだけど
同じ脱サラ組だからか基本的なマインドが
自分によく似てて痛快ですらある。

時同じくして、
 たまたまYouTubeでホリエモン(苦手)
と対談してる人がいて、言ってることが
これまた自分によく似てる!
「誰だこの人は?!」と調べてみたら
「おお、この本の人じゃん!」

著者は私より4つ歳下。
農業を始めたのもちょうど私より4年遅れ。
つまり同じ人生ステージで
農業スタートをしたわけだ。
 面白そうなご縁をいただいた。

さぁ、この本ゆっくり読んで
彼の頭の中を覗いてみよう。

農業の教科書

戦艦大和と農業は一見正反対に見える。

だからこそ教科書になり得る。

って…
こんな本から現代の農業に役立つ情報を
読み取ろうとしている農家っているのかな?
日本広し、やっぱり何人かはいるのかな?
いや、やっぱり、いないだろうな?

戦艦大和の収支は生まれる前から
撃沈された後々までずっ〜と
破綻しっぱなしだった。

戦艦大和も農業も商売も収支は一緒。
だけどお米作りは大和みたいに
撃沈されるわけにはいかない。

ないものねだり

都会の人はアップアップしたら自然に出掛けて
新鮮な空気を吸ってリフレッシュ。

対して田舎者がアップアップしたら
たまにはギンギラ都会の夜のネオンと
新鮮な排気ガスを思いっきり吸うのが肝要(爆)

岐阜の田舎町から大学は横浜に出た。
横浜でも東京でも出やすいように
最初のアパートは武蔵小杉だった。
時間があれば東京の小劇場に
年がら年中通ってた。
最初の就職も警視庁つまり東京。
当時警察学校は中野にあって卒業配置は
北区王子警察署上十条五丁目交番だった。
転職先は(財)横浜YMCA。
住み慣れた横浜に戻った。

感性豊かな頃に長らく東京横浜にいたからか
上京すると、今でも「あ〜帰って来た」
不思議と元気になる。

今では近い都会は名古屋だけど
28年経ってもアウエー感バリバリで
「感覚の地図」では名古屋より
東京横浜の方が私にとっては遥かに近い。

久々に原宿で乗り換え。
代々木、新宿、新大久保…
表示の駅には全部に
話しちゃマズイ思い出がある(爆)

考えてみれば、住む場所、やってること、
所得、才能、感性、年齢etc…
みんな誰しも自分に持ってないものへ憧れる
「ないものねだり」なのかも知れない。

どこに行っても深夜まで人人人だらけの東京。
思わず「この人出!今日は盆踊りですか!!」
とアントニオ猪木風に聞いてみたくなる。
きっと祭りじゃないw

Google mapやストリートビューで
警察官だった33年前の
王子警察署上十条五丁目交番を探してみた。
そこにもう交番はなかった。
これ以上ない冗談かと思うほど
小さくて狭苦しい
潜水艦のような交番だった。


アジア界隈

多国籍のお客さんに多国籍な料理。
ゲラゲラ大声で笑い酔っ払い、
やって来ましたタイはバンコク!

…ではなく、ここは上野だよ!おっかさん。

どうした上野、祭りか今日は。
アメ横通りの活況がハンパない。

福地では子供どころか若者も滅多に見ない
絶滅危惧種。
日本にこんなに若者がいたとは。
みんな楽しそうだ。
まるでアジアのどこかの街みたい。
見てるだけでウキウキしちゃう。

けど、コロナも食中毒もお構いなしの
唾も飛び交うバンコク…いや上野、
お登りおじさんは泣く泣く素通り。

何年か前に香港人の友人を新宿の
ションベン横丁、ガード下の飲み屋街に
連れて行ったことがある。
私曰く「ここは日本人サラリーマンの
聖地である」
ところがよく見るとお客さんの9割は
外国人観光客!さらに注文を聞きにくる
店員さんもほとんどが東南アジアの人ばかり。

香港人からは「何が日本の聖地だ!?」
「日本人なんていやしないじゃないか!」
面目丸潰れ。

上野を歩いて、今は行けないアジアの
怪しい夜の街を思い出す。

神田明神 明神甘酒

坊主、神田明神にお礼参り。
そのすぐ下に有名な明神甘酒さんがある。

もう何年前のことになるだろう。
私が甘酒を手掛ける前に、いろんな所に
出掛けては手当たり次第に
あらゆる甘酒を試飲してた時期がある。

その中で私が一番好きになったのが
スッキリとして品のいい甘さの明神甘酒さん。

あんまり美味しいものだから、
「山ちゃんの甘酒もこんな味わいになったら
いいなぁ」と神田明神さんに願っていたら
一年後。
ほんとに山ちゃんの甘酒がそんな品のいい
甘さの甘酒に仕上がって小躍りして喜んだ。

神田明神は都内一番の魔除けの
パワースポットと言われているらしい。
「まぁそういうスピリチュアル流行りだしね」と門をくぐると数mのところでたしかに
「おお、これはいい気が舞っている」と
ビンビン感じるもんだからあら不思議。

こういう時は決まって両手の指先が
ビンビンチカチカする。

農家って自然の中で仕事してて
目に見えない田んぼの雰囲気とかも
いつも無意識に気にしてるから、
土地の気ってもんが
一般の人より読めるようになる。
よく「ここ気がいいねー」とか
「うーん、ここは、、」なんて言うと
周りの人がキョトンとしてる。

主には陽当たりだけど、地形や川の流れや
風や土地の持つ温かさとかが絡むんだろう。
神田明神のはたしかによくて強い。

「ありがとうございます」
甘酒のご縁を頂けたお礼と
今年のお米のお礼に神田明神に
やって来た。



ぺぺ桜井

東京は鈴本演芸場に敬愛するギター漫談
ぺぺ桜井を観に行く。

以前浅草演芸場でそのお姿を拝見するなり
「この人の胡散臭さは国宝級だ!」と
衝撃を受け一度にハマったぺぺ桜井。
86歳、うちの父と同じ歳がまだ
ステージに上がっていらっしゃる。

登場時には心を込めて
「よっ!待ったました!!」と
マスク越しに大声援。
いつも通りのネタが始まりいつものところで
大爆笑する。
「ああ、これぞ、ぺぺ桜井」

86歳、胡散臭さに磨きが掛かっている。
この胡散臭さと独特の間は、芸人多しと
言えど他に出せるものじゃない。
僕は遠路はるばるぺぺを観にやってきた。

漫談を終えぺぺが最後のギターを弾き終え
「さようなら」とお辞儀をしてから
頭を上げる。
ぺぺが一瞬背筋を伸ばして客席を右から左
しばし見渡す。
舞台袖になかなか下がらない。
なんだ?最後に何か一つ面白いことを
やってくれるのかと客は大いに期待する。

すると何事もなかったような
すっとぼけた顔で何もしないで
ぺぺはスーッと舞台からはけていく。

客は「なんだよ!!何もしないんかい!」と
ギャハハと笑う。
何もしないで最後も笑いを取る。
国宝級の胡散臭さをしっかり目に焼き付けた。

失礼ながら生のぺぺ桜井を観れる機会は
これが最後になるかも知れない。
うれしかった。
少しさみしくなった。
ぺぺ桜井、宝の時間をありがとう。
 
こう言うふざけた老人を無理矢理にでも
国葬にしちゃえば、世の中は
もっと楽しく優しくなるに違いない。

ぺぺ桜井、なんでこのふざけた芸名になった
のかはWikipediaに載ってた。

蛇足ながら写真のギター漫談ぺぺ桜井の文字、
どう見ても出来上がりの塗装は「へへ桜井」
マジックで慌てて○○を足しぺぺにしてる
ところがこれまた胡散臭さい。

お礼参り

この秋の稲刈りは長雨や台風に見舞わ
体力的にも精神的にも本当にきつかった。

なんとか稲刈りを終える頃には
無理が重なって完全に燃え尽き。
「一度心を整理しよう」

最初に向かった先は隣町にある
馬頭観音さんをお祀りしている小山観音さん。
まずは馬頭観音さん(橋を渡った川の真ん中に
観音堂がある)に稲刈り終了のお礼参り。

住職さんとは仲良くさせてもらっていて
しばらく大変だった稲刈りの話、
このところ続いている身内や親しい人の
病気や事故、いろんな話を聞いてもらう。

因果と縁起のお話をお聞きして
少し楽になった。

多分ここが底。
深呼吸。








60kg

米農家はkgやトンで会話しない。
米農家の単位は現代でも俵(ヒョウ)
1俵は60kg。
お米が詰まった紙袋は1袋30kgだから
2袋で60kg=1俵(イッピョウ)。

AIの時代に一袋30kgの重量物って
他の業種を見渡してみてもなかなかない。。

30kgが持てないと仕事にならないけれど
腰や肩を壊す農家や米屋は多い。
私もこれまでに数えきれないくらい
ギックリ腰をやらかしてきた。

東北や北海道の平野に比べ
生産効率の劣る山の中の田んぼだけど
男一人が一年がんばるとそのご褒美に
こうして何百俵ものお米が
お天道さんが授けてくれる。

お米の重みは自然からの恵そのものの重さ。

現代はインターネットにコンサルタント、
カウンセリング流行りの世の中だけど、
言葉の世界から転職して来た自分は
28年前初めての稲刈りを終えて
手にしたお米の重さに、理屈抜きで
心底安心したのを今でもよく覚えてる。

一袋30kgは歳を重ねると流石に
重過ぎるけど、言葉の世界にない
安心感は今でも確かで間違いがない。

美人さん

新車とまではいかないけれど
「私きれいになったでしょ」と
少し誇らしげなコンバイン。
これから一年後までおやすみタイム。
「ありがとう、ゆっくり休んでね、また来年」

28年間でコンバインはこれが歴代7台目。
みんなよく働いてくれたな。

1台1000万円なんてもう買えないから
この美人さんが私の最後の彼女。

八百万

コンバイン洗いとメンテナンス。
延べ3日目だけど、どれだけ時間が
あっても足りない。

日本は八百万(ヤオヨロズ)の神の文化。
草木にも動物にも機械にもあらゆるものに
神が宿るという考えが私は好き。

コンバインにも神様が宿っているに
違いない。そう思いながら
ありがとうを繰り返して
隅々まで洗浄機や工具を振るう。

ちなみにこのコンバインは
八百万(ハッピャクマン)では買えない。

1000

よくぞ雨続きで悪条件の田んぼの稲刈り、
酷使に耐えてくれましたコンバイン。

コンバイン一台、泥を洗い落とす
だけでも丸一日かかる。
更に分解、清掃と合計3日間を
費やしてメンテナンス。
気分は整備士。

元々機械は嫌いで苦手な分野。
でも28年目、機械の弱点も分かり
分解して上手く修理や調整ができると
一人でニンマリ。

苦手なことも続けてるとこんな感覚に
なるものだなぁと少し驚く。

「酷使に耐えてくれてありがとう」
感謝しながら綺麗にしていく1000万円。
「しっかし、おまえ、高いなぁ」

臭い

自然を相手にしているといやでも
畏敬の念が産まれる。
宗教の起源ってこんなのだったのだろうなぁと
思える風景に何度も出会う。

それに比べて人の世界。。
議員や知事だとか大臣とか首相だから
と言ってその肩書きだけで尊敬の念はない。

みんなに頭を下げられ勘違いして
威張ってるような政治家やお偉いさんは
むしろかわいそうにすら思える。

政治的なパワーは認める。
でも政治的なパワーを持ってる人が
人格が優れていて、深い考えや
本当の優しさや賢さを持っているかは
甚だ疑問で、そうじゃないからこそ
厚顔無恥に議員になってる人も多い。

そんな人たちの選挙応援。
肝心の政策も聞かされることなく、
必勝の鉢巻をし、
腰に手をやりエイエイオー、
戦前かよ?総決起大会、
壇上で奥さんが
「主人を男にしてやってください!」
と泣きながらの土下座、
2万3万もする政治パーティー券を買わされ
夏祭りで出て来るような簡素な焼きそばを
争うように食べたこともある。
いろいろ見てきたな。

国葬されたから偉いとも思えない。
それとも、園遊会や桜の会に呼ばれてたら
私も仲間に取り込まれていたのだろうか?

臭いがキツいな国葬なんて。







77+77+56

籾摺り作業最終日を無事終える。

「おわりのはじまりはじまりのおわり」

エンドレスのようなそうでないような。

無事に秋の大変な作業を終え、まずは天より
先に目の前の人に心からの感謝。

明日からは片付けや清掃で大忙し。

昭和

どれくらい振りだろう。
「今日は絶対何もしないぞ!」と
心に誓い今日は一日お休み。

固く誓わないとどうしても仕事に
なっちゃうし、特に晴れの日は休みにしても
「晴れてるのに農作業しないのかよ」と
罪悪感を感じる農民職業病。

そんな働き方
「昭和だなぁ〜」と
我ながらつくづく思う。

「さぁ行くぞ!」
名古屋まで出て知り合いの飲食店や
バーを昼間〜早朝まで
「ほな、もう一軒行こかぁ〜!」と
一人で何軒もハシゴ。

そんな飲み方も
「昭和だなぁ〜」と
我ながらつくづく思う。

ラストオーダー

「今日は籾摺り作業最終日だっ!」と
喜んでると、なんだか嫌な予感。
残り15分のところで、義理人情でどうしても
断れない作業の依頼が突然舞い込む。

あるんだなぁこういうこと。
籾摺り最終日は来週に延期。

2〜3倍

岐阜県にもカメムシ大量発生警報。
この地域でもお米のカメムシの被害は
例年比軽く2〜3倍は出てる。

対策は収穫間際のお米に強い殺虫剤を
大量散布するしかないけど
散布する自分も食べる人のためにも
使わない。

その代わりに被害米を機械的に
弾いてくれるのが色彩選別機。
今年は色彩選別機が
「これ、壊れちゃうんじゃないの?!」
と心配になる程、ずっと能力の
上限一杯で反応し続けてる有り様。

稲刈り終了。
燃え尽きた。
こんなに完全に燃え尽きたのは
何年振りだろう。

あす楽日

台風の大きな被害もなく、
仲間達と必死になってがんばってきた
稲刈りはいよいよ明日が楽日。
空が祝ってくれている。

多分28年間で一番心も体も
きつかった今年の稲刈り。
大変だったな。
まるで部活のようだった。

私だけが50代、あとの3人はみんな70代。
 キツい仕事をチーム4人でがんばってきて
みんなもうボロボロ。

70代3人の働きに心からの敬意を表して。
「無事これ名馬」
最後まで気を付けて無事に着陸したい。

本屋さん

老眼になってからペースは落ちたけれど
同世代では私はかなり本を読む方だと思う。
枕元だけでも常に数十冊の本がある。

一昔前は東京で本を買いまくって
ハンパじゃない重さでギックリ腰になり
悲鳴を上げながら帰って来てたのも懐かしい。

それが今や熱帯雨林や目留狩なら
こんな山奥でも都会同様どんな本でも
入手できる。
町の本屋さんがなくなるはず。

自分なりの贖罪に、とある月刊誌だけは
必ず本屋で買うようにしている。
店に入ると必ず年配女性店主さんがレジに
いらっしゃって
「支払いにカードは使えますか?」
と聞く。
すると必ず満面の笑顔でハキハキと
「はい!お使いいただけますよ!」
といつも決まって答えてくださる。

ところが
カードを財布から出して支払いの準備を
していると、店主さんは必ずさっきまでの
笑顔をなくしてレジのタッチパネルと
カード決済の手順で格闘が始まってドタバタ。

そこで私は「あ、現金でお支払いしますよ」
と必ずいつも声をかけるのだけど
「いえ、ちょっとだけお待ちください」
と必ず抵抗を続けてくださる。

そして数分後には店主さんはいつも必ず
「ああ、ごめんなさい。できない。。
現金でいいですか」と謝られ
「はい、大丈夫です」
私はいつも決まって必ず現金で
買うことになる。

次も次もその翌月もかれこれ数年は
そのやり取りを繰り返してるのだけど結局
いつも必ず現金になる。
毎回通う度に聞いても彼女の
曇りない笑顔で「はい!もちろん
カード使えます!」と自信満々で答えられる。

あまりにもいい返事が返って来るので
今度こそはカード決済できるのではないか!?
と思わせてくれるのだけれど、できない。
そんな(ちょっといじわるだけど)掛け合いが
他の店にはない私の密かな楽しみで
この本屋さんには毎月通ってしまう。

不思議なことに毎月通い
毎月同じ月刊誌を買い
毎月同じ「カードは使えますか?」と
質問を毎月繰り返しているのに、私のことは
覚えられておらず、毎回初対面の客として
丁寧に対応していただける。

さて今日もいつもの月刊誌片手に
いつものお決まりの質問
「カード使えますか?」
「はい!もちろんです!」
とやっぱり余裕の笑顔。これこれ!

ところが、今回は、なんと初めてスムーズに
カード決済で買い物ができてしまった。

「えええ…」
つまらない。
これはつまらない。

なんだか私の密かな楽しみが
消えてしまったような。

でも私は見逃さなかった。
私がカードを財布から出す前に
彼女はカードを差し込む端末を
サッと私に差し出し端末を握りしめながら
「それでは暗証番号をどうぞ!」
あ、でも、まだカード入れてないので
暗証番号打てないし、手で端末握りられ
ながらだと押しにくくて。。

それでも無事タッチパネル上で
「決済完了」の表示がされた時、
彼女のやり遂げた感の安堵の表情ったら(笑)
来月からはこのほっとした
表情を見るのを楽しみに
この本屋さんに通い続けよう。


 写真は、明日は台風一過晴れることを
祈って最近うちに来た津軽切子。


台風

台風前に稲刈りが間に合わず
収容しきれなかった稲たち。

強風強雨にどうか耐えてほしい。
お父さん祈ってるから。

とうとう

親子連れ現る。

とうとうと言うか
もはやと言うべきか

鹿、猪、猿、

ここはかつては人も入らぬ山だった、
そこを人が開墾して山里にして、
今や元の山に還ろうとしている。

パンパカパーン

今日は台風直前で隣村の人達が
急いで稲刈りした籾をひたすら受付。

乾燥機もコンテナ送風機もうちのキャパ
全開で対応して仕事場は米と籾で
パンパカパーン!

台風前にたくさんの家の籾が「収容」できて
ほんとによかった。
どの家も稲刈りを終えてなんとも言えない
安堵の笑顔。

金雲

黄金色の稲穂の中をコンバインが行く。

見惚れるような黄金色の稲穂を刈っていると
ディーゼルエンジンの轟音が一瞬消える。

音が消えて金の雲海の上を飛んでるような
錯覚になる時がある。


知らぬ間に

コンバインが田んぼのひどい泥に
ハマりそうになった時、
車体が大きく上下しながらなんとか
泥から脱出しようとエンジンが
苦しそうに唸ってる時、
無意識のうちに思わず何度も
「うらら、がんばってくれ!」と
以前飼ってた馬の名前を
呼んでんいることに気づいた。

ほんの

台風が近づく焦燥感と緊張感の連続。
それでもほんの一瞬ほっとする場面がある。
きれい。

政治家が「汗をかく」や「泥にまみれて」
「一兵卒で」とか表現をする度に
恥ずかしくないのかな?と
冷笑してしまう農家は
きっと私だけではないと思う。

今日の田んぼの状態も極悪だった。
連日コンバインも私も朝から晩まで体中
「泥にまみれ」

前へ

この写真を見て
「これは強湿田の稲刈りの跡だわ」
とわかった人はきっと苦労の経験がある人。

昨晩信じられない長時間の豪雨。
田んぼがズブズブにならないか、
稲はなぎ倒されないか心配で
ひどい豪雨の音に朝方まで
寝られなかった。

心配通り今日は、乾いていた田んぼも
一気に強湿田に逆戻り。
しかも稲もなぎ倒されて
ポイントマイナス5倍デー。

朝から晩までこんな田んぼの稲刈り。
ちょっと逃げたくなるけど台風きてるから
人様から稲刈りの要請が止まらない。

ああ、これぞ農業。
「前へ」



ただただ

いやぁ〜な
予感しかしない(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

稲刈り族

ニューギニアの奥地に出没するのは首狩り族。
こちらは日本の奥地に毎年9月だけ
出没するという稲刈り族。

この時期だけ朝から晩まで
目を血走らせながら村中の稲を
刈って刈って刈りまくりる。

この余裕のない目。
稲刈り族は稲刈りの段取りのことで頭が一杯。
特に忙しい日中はアドレナリン全開で危険。

晴れた朝、もし不用意に普段通りの
たわいもない世間話でもしようものなら、
首狩り族のような形相で
「仕事戻っていいですかね!」
と村社会のヒエラルキーなど無視して
言い放つ。

それを知ってる村の古老もこの時期だけは
超丁寧に恐る恐る話しかけてくる。

そんな凶暴な稲刈り族の弱点は雨。
特に長雨や台風はメンタルボロボロ、
まるでナメクジに塩をかけたように
絶望顔でオロオロするばかり。

そんな稲刈り族、
9月が終わると知らない間に
静かに山へ去っていくという。











こども部屋

今朝は朝もやの中の稲たちと約束したから
がんばって稲刈り。

5月の田植えからさっきまで
田んぼに立っていた稲たちがいなくなって、
ホッとするような。

ああ、この稲がいなくなった田んぼの風景は
無事に巣立って行った娘の子供部屋に
どこか似てるな。

朝もやの声

「今までよくがんばりました。
ありがとう。
ありがとう。
今日には稲刈りしてあげるからね。」

朝もやの中の稲たちに話しかける。

稲たちにとっては田んぼでの最後の朝。

夜のお仕事

お米関連機械の並ぶ、ここが私の仕事場。

夜は穀物乾燥機達に異常ないか見て回る。
明日もがんばろう。

ラストラン

高齢やいろんな事情で今年の稲刈りで
お米づくりを終える家と田んぼが何軒もある。

今まで大事にされ、草刈りされ、美しく、
何より人にとって一番大事な食べ物を
生産していた田んぼが役割を終える。
すると田んぼは途端に何の価値ももたない、
地主にとってただお荷物なだけの荒地に
転落する。

写真は2年前まで私が作っていた田んぼ。
たった2年でかつて田んぼで稲が葉を
揺らしていたことなんて想像できない。

猪の侵入が止まらず、作業能率も悪く
癖の強い田んぼだったけど、私が一生懸命
四半世紀作り続けてきたいろんな
思い出がいっぱい詰まった場所だった。

もう2度と田植えも稲刈りもされない田んぼ。
お米づくりを断念していく家の人の思い。
最後の稲刈りを終えた田んぼに
静かに手を合わせる。

荒地はやがて山に戻っていく。



新築住宅じゃん

首を長くして待っている村中の家々の
田んぼを旅芸人のように稲刈りして廻る。

高価なコンバインは各家庭では買えなくて
村のほとんどの家の稲刈りは
実質うちのコンバイン頼み。

引っ張るトラクターと
引っ張られるコンバイン。
両方でざっくり 1000+1000=2000万円。
田舎なら新築住宅が買える。

コンバインは消耗が激しく
平均寿命4〜5年で買い換え。

28年間で今のコンバインは1、2、3...
7台目(T ^ T)

新規参入でプロ米農家になりたくても
非常に高い障壁がお金。
うちでもトータルしたら軽く億越え。




絶望の轍

コンバインが無理無理走った跡の轍。
轍の横幅は大人が入っちゃう大きさ。
深さは大人の膝丈ほど。

泥を車体の下で引きずって走ってる。
走ってると言うより悶えてる。
小さなコンバインなら完全に
車体自体が埋まっちゃう。

車体が深みにハマると前後にも
左右にもどうもがいてみても動けなくなる。
もちろん田んぼにJAFなんてきてくれない。

今日はコンバインを運転してて
「ヤバイ!ハマる!これはマズイ!」
と寿命が縮まる思いをしたこと十数回。
JAFは来てくれない。
ハマったら自分でユンボを使って
引き摺り出すしかない。

多分私は操縦時間は2000時間を超えてて
田んぼの癖も全部覚えてるから
脱出してるけど、素人さんなら泥の
轍の深さは即、絶望と恐怖の深さだろうな。

お米はこうしてできている。

中秋の名月

旧暦八月十五日は一年で一番
美しい月とされる中秋の名月。

まるで墨絵か版画みたい。
口ぽっかーん。

からの〜夜半に強い雨。
さっきまで月を愛でたのに
また降るんかーい!



稲刈り始まる

稲刈りができる幸せと不安。

予想通り田んぼはグチャグチャズブズブで
何度もコンバインがハマりそうになりながら
泥泥の稲刈り始まる。

涙晴れ

晴れ。
晴れを見ただけで涙が出てきたのは
米づくり28年で初。

アハハハアハハハ

きのうもその前の日もその前もそのまた前も
そして今日も朝から強い雨。
アハハハ。
アハハハ。
アハハハのハ🤣


馬頭観音ステッカー

17年間、馬のうららを飼っていた。
優しくて大人しくて、小さな子供から
お年寄りまで誰からも愛された彼女は
家族同然ではなく家族だった。
心の底から楽しい17年間だった。

彼女が天国に旅立ってから
もうすぐ3年が経つ。
うちに来た日から亡くなってからも
今日までうちでうららが会話に
出てこない日はたったの一日もない。

今ではうららは馬頭観音になって天から
いつも私たちや可愛がってくれた人達を
見守ってる。
うちの守り神は「うらら馬頭観音」

亡くなって一年経った頃、
彼女のことを思い浮かべながら
もう会えない悲しさで泣きながら
馬頭観音の文字とうららのシルエットを
自分で描いてみた。

そんないつまでも悲しむ私を見て
親しい後輩が元々モノクロのデザインを
うららをカラフルにして散りばめた
現代風のデザインに進化させてくれた。
そんな後輩の気遣い、ポップになった
うららのデザインがとっても気に入っている。

そのデザインを使ってまずは御守りや
ストラップを作ってみた。
次にタオル。
墓石屋さんに石仏。
どこかで工作体験があると例えば瓦に。

そして今回は御守りステッカーに。
このお守りステッカーは安全祈願に
あらゆる農作業機械に順次貼り付けていく。

その他にもプロの彫刻家にうららの
ブロンズ像を製作してもらったり
紙粘土で馬頭観音像を自作して金ピカに
塗ってみたり。

気付けば「うらら馬頭観音グッズ」シリーズは
その辺の寺社仏閣に負けないくらい
アイテム数が増え続けている。
さて、次は何を作ろう。
(壺を作る計画は断念)

そんなこんなで、私は今でも
うららに囲まれてながら生きてる。








まだだ

ずっと雨続き。
例年より10日もスタートが遅れている稲刈り。
たった10日と思うかも知れないが、
膨大な作業量と植物にとってこの10日の
遅れは非常に大きくキツイ、前代未聞。

若い時なら焦りに焦って
ちょっと晴れ間が見えようものなら
少しの時間でも無理矢理稲刈りに出掛けて
いたに違いない。
気持ちはわかるが絶対に裏にハマる。

いや、まだまだ、天気(相手)を十分に
引きつけてから撃ち方始め。

コンバインはもう出番かと
半身乗り出してるけれど、
まだまだ、もっと引きつけてから。

C3PO

異常事態省が投入した最最終兵器、
その名も野良猫撃退器。大人の手のひら大。
野良猫ではなく猪&カモシカ撃退器として
田んぼに4000円✖️4台を投入。

赤外線センサーで360度全周10m以内に
動物が近づくと強烈なフラッシュと音で
どんな「小動物」でも撃退する優れもの!
と説明書には書いてあるけれど
多分効果がある…
必ずや撃退してくれる…
…かもしれない撃退器。

都会では強烈な音がうるさくて使い物に
ならない撃退器も、広大な田んぼに放つと
なんとも心細い。
そもそも猪&カモシカは小動物じゃ
いないんだろうな。

顔だけはスターウォーズのC3POを
真似した不気味さ十分。
がんばれC3PO。
効果があったら本物のC3POみたいに
金ピカに塗ってあげるね!

晴れ男

弊社異常事態省トップと八百津町役場
ふるさと納税担当トップO氏の2者会談。

O氏が雨続きの田んぼを心配してご来訪。
不思議とO氏の滞在時間だけ晴れ。
さては晴れ男か!

異常事態省の調査によれば、長雨で
どの田んぼも例外なくズブズブ。
「稲刈りはまるで不可能」
つまり稲刈りを始めようかどうしようか
悩む必要は全くないとのこと。

また同省の発表によれば、もはや
天気回復対策は「神頼み」のみ。

明日には弊社のありとあらゆる縁起物を
集結させ「晴れ乞い」の黒ミサを
挙行することに。



食べるものがなくなれば

食品の値上げが続く。

ラジオであるパーソナリティーが
「このまま値上げが続いて
食べるものが無くなったら、
米でも食べりゃいいんですよ」
と言ってたそうな。

確かに値上げリストに米がない。

都会に行くと高級食パン屋さんの
行列に驚く。
輸入小麦粉はグルテンと漂白剤に
ポストハーベスト。
米農家からすると何ゆえそこに
行列するのか不思議でならない。
遠い国からはるばる運んできて
今流行りのSDGSねぇ。

世界中から食糧を買い集めて
日本の食は成り立ってる。
世界の人口は増え、後進国も経済が
豊かになって贅沢な食を選ぶ。

食糧が値上げするのは当然だけど、
今までが単純に安過ぎただけなんだな。
食べ物がないと死んじゃうんだけど。

今までお米に見向きもしなかった人達が
ほかの食品の値上げでお米を見直す。
米農家は「困った時だけこっちを向いて💢」
なんてことは言わない。
当たり前だけど農家が一番食べ物の
ありがたみを知っている。



異常事態を宣言

お盆以降でまともに晴れた日はほんの僅か。

雨の降り過ぎで一部の田んぼの稲が倒伏。
雨の降り過ぎで病気が蔓延。
雨の降り過ぎで雨の日に活発な
猪とカモシカが田んぼを荒らしまくって
止まらない。

例年ならもうとっくに始まっている稲刈りは、
田んぼがズブズブでまだ始まっていない。
村中の人達が私の稲刈りを待っていて
心配で問い合わせの電話が頻繁にかかる。

台風が去った後も雨続きの天気予報。
もはや収穫量が多いか少ないかなどと言う
レベルはとっくに通り越し、果たして
稲刈りはできるのか??と言うレベル。

ここまでの悪条件は米づくり28年でワースト。
一人自分自身に「異常事態を宣言」

こうなると今までの経験が役に立たず
逆に邪魔になる可能性すら出てくる。
この異常な秋に対応するには、一旦長年の
経験を忘れクールに頭の切り替えが必要。

自分を異常事態省のトップに任命した。

さぁ、乗り切れるのか??