反戦デモ

報道されないけれど世界中で大規模な
反戦デモは行われていて、東京でも3万人規模
とうとうテレビでも報道され始めた。

私は若い時に警視庁警察官だった。
警官としてデモ規制をしたことも何度かある。

その私が福島原発が爆発した時、米農家として
国会議事堂前で反原発デモに参加した。
デモ規制する警察官や機動隊員の中に元同僚が
いないかとても複雑な思いだった。

参加者の大半は正直言ってデモで何かが
止められるとは思ってない。
ただ、何かを止めたり変えたりする方法が
なくて気持ちの持っていきようがなく
止むに止まれぬ気持ちで参加してるのだ。

しかしデモは何とか労連だとか特定の政党や
組織の匂いがするのがじつは苦手。
私は支持政党もないし群れることが好きで
ないからすぐに苦手が発動してしまうのだ。

それには元警察官の経歴が関係してるのは
間違いないけど、小学生の時に父親から
「○○党だけには絶対に入るな」と言う
何度も唱えられた呪文がこの歳になっても
効いているからだと思う。

私が警察官の時、進路は公安部から
お誘いを受けていた。
もしそのまま警官を続けていたら思想犯や
デモを取締まる側の公安畑を歩んだのだろう。

実際に警察学校で机が横だった仲良し同期は
警視庁第一機動隊隊長の警視正まで出世した。
警視庁には10個の機動隊があるけれど
第一機動隊はその中でも別格。
皇居や国会議事堂など東京のど真ん中を管轄し
隊員2000人の大所帯の長に同期は
登り詰めたんだな。
私も続けていたらどこかで大規模デモ規制を
指揮してたかもと思うと益々複雑な気持ちになる。

かつてそんな複雑な心境で参加した
何万人もの大規模反原発デモも、今となっては
何の役にも立たなかったのだろうか。。
今回のイラン反戦や憲法9条のデモも
何年かしたら取るに足らない一瞬の出来事
として記憶から消える可能性が高い。

政治に何か変化やストップさせるには
本来デモではなく選挙でしかない。

ところが30年以上日本の経済を停滞させ
苦しくなっていく国民生活の一方で
軍事費を爆上げする自民党や高市首相に
日本国民の多くが選挙で投票し支持した。

高市首相も自民党与党も圧倒的多数が
支持した選ばれた国会議員。
だから反戦デモは国会議事堂前じゃなく
ほんとうに訴えるべき先は高市首相や自民党に
票を入れた人たちなのかも知れない。
もし先の選挙でイメージだけで投票した
人がいたのなら、これは間違ってると
思い返す人がいるならば、デモで訴える
ことはたくさんある。

忙しい中、時間やお金を使ってあるいは
遠くから、あるいは周囲から白い目で
見られながらもそれでも自らの意思で
「それはおかしいよ!それはダメだよ!」と
権力側にデモで訴えている人たちに
敬意を表したい。

無事に田植えが終わって、もしまだ戦争が
続いているようなら、もし止められないに
しても、一人の生きてる人間の意思表示
として私も反戦デモに参加しようと思う。

アメリカには1年以上留学で
住んでいたことがある。
多くのアメリカ人や多国籍の学生達に
すごくお世話になった。
アメリカの良さをたくさん知っている。
若い頃アジアをバックパッカーしていた。
農家になってからも多くの国の農家を訪ねて
たくさんの農民にお世話になってきた。
中国では雲南省の少数民族の稲作農村に
毎年お世話になった。
中国の良さもたくさん知っている。

大袈裟に言えば日本を守ろうと考えて
警官だったことがある。
大袈裟に言えば世界のみんなが連携してと
考えてymcaに勤めていたこともある。
そして米農家32年目。

そんな人生のいろんな経験や人のつながりを
考えてたら、どうやっても戦争なんか
しちゃダメと言う考えになる。

私は特定の政党を支持しない。
右だの左だのすぐ分断対立させちゃうほど
私は単純でも暇でもない。
自分の頭で考える。
自分の頭で判断して行動したい。
私は安易に群れることもよしとしない。

どんな人にとっても「誰も飢えず、
誰も殺さず、殺されずの世界」が
いいに決まってるじゃないか。
もう数え切れないほど同じ過ちを繰り返して
きたじゃないか。
なのに、どうしてこうなるんだ。