ネオニッポン

東京の端っこ青梅。
1ヶ月前に立川妖怪盆踊りで出会った
若いファッションデザイナーが主催の
ネオニッポン市に行ってきた。

今では岩蔵温泉に一軒だけ残る温泉旅館
「儘多屋(ままだや)」にデザイナー、
アーティスト、舞踏家、ミュージシャン、
伝統芸能、それにヒッピー達限定100人が
一日だけ集う祭典。

この中でも勤勉さが求められる農家と
一見自由人たるヒッピーは相性が悪い。
...と、これまで思ってた。

今回参戦した一番の収穫は、集ってた
芸術家やヒッピーに見える人々が
一見奇抜な格好をしてるものの
衣装を一皮剥けばとてもおとなしく
礼儀正しく平和的で優しい心根の人達だ
とわかったこと。

仮に彼らのことが理解できなくても
怖がったり敬遠したりする必要など
じつは全くないという
今までの私の偏見を取り払ってくれたこと。

月並みなことを言えば、人それぞれの
しあわせの形はあって、その形に
優劣も正解もない当たり前のことに
気付かされた。

お金があるから、結婚をしてるから
子どもがいるから、学歴が高いから
いい会社に勤めてるからなどと言うのは
しあわせのほんの一つの形でしかない。
好きなことに打ち込んでる、極めたいと
行動してる、表現してる、それらが
例え現代で多くの人が信じ込まされてる
しあわせの形に合致しなくても人は満足
できる、逞しい、楽しめる、生きられる。

芸術大学の学園祭のフリマでは全く
売れないだろう芸術作品商品を沢山
見させてもらった。
もっと完成度を高めてもっと多くの人に
手に取ってもらえるように、来場者にも
声をかけてもっと売れたら本人たちも
楽しいだろうに。
...と思った。

でもそれは今となっては大きなお世話、
未完の作品にも魂は宿るしむしろ完成して
ないからこその喜びや愛おしさがある
と言うことにやっと気づけた。

このところ動いて手に取って見て触って
時間もお金も体力も使って、やっと
わかった気がする当たり前でシンプルなこと。

その上で現代の資本主義に適合するのは
大事だと改めて思うけれど、同時にそれらに
覆い尽くされてしまわない感性や
感覚を見失わないようにすることも
大事だと沢山の人から教えて
もらえた気がする。

だいたいが私もみんなもいろんなことを
心配しすぎなのだ。

心配しすぎるより自分と会話して
毎日を楽しんだ方がいいに決まってる。
な〜んだ、簡単だった。