
むかしはいろんな人がお米を作っていてよく
田んぼを前にして挨拶や立ち話をしたものだ。
今では少子高齢化して、お米を作ってる人は
とても少なくなって犬の散歩以外で田んぼで
人を見ることは滅多にない。
「あ〜、今日も誰とも出会わなかった」
「あれれ、今日も誰とも話さなかった」
などということはごくごく普通にある。
世の中にはいろんな仕事があると思うけれど
現代でそんな仕事は珍しいのではなかろうか。
かと言って、寂しく感じたことは30年で
ただの一度もない。
お米作りには無限の仕事があって、限られた
時間と自分一人の労力で、何を優先させたら
いいかで毎日頭がいっぱいで忙しい。
かと言って、珍しくたまに田んぼに誰かいると
むかしのように挨拶を交わし稲のことから
プライベートなことまでついつい長話し。
今日は「おお、人がいる!」と
隣の田んぼのまさ兄さんと。
都会で満員電車や駅の混雑に出くわすと
いつも「今日は何かのお祭りがあるのか?」
とついつい思ってしまうけれど、
いつもどこもかしこも混んでいるので
「あ、この人達は祭りで集まっているのでは
ないのだ」と気づく。
田んぼを前にして挨拶や立ち話をしたものだ。
今では少子高齢化して、お米を作ってる人は
とても少なくなって犬の散歩以外で田んぼで
人を見ることは滅多にない。
「あ〜、今日も誰とも出会わなかった」
「あれれ、今日も誰とも話さなかった」
などということはごくごく普通にある。
世の中にはいろんな仕事があると思うけれど
現代でそんな仕事は珍しいのではなかろうか。
かと言って、寂しく感じたことは30年で
ただの一度もない。
お米作りには無限の仕事があって、限られた
時間と自分一人の労力で、何を優先させたら
いいかで毎日頭がいっぱいで忙しい。
かと言って、珍しくたまに田んぼに誰かいると
むかしのように挨拶を交わし稲のことから
プライベートなことまでついつい長話し。
今日は「おお、人がいる!」と
隣の田んぼのまさ兄さんと。
都会で満員電車や駅の混雑に出くわすと
いつも「今日は何かのお祭りがあるのか?」
とついつい思ってしまうけれど、
いつもどこもかしこも混んでいるので
「あ、この人達は祭りで集まっているのでは
ないのだ」と気づく。