2011年

3月

26日

有り難い

今日はちょっとしたお祝い事でご馳走を食べに行きました。

食べれるだけで、仕事ができるだけで、住む家があるだけで、家族が無事なだけで、全てが有り難い。そして同時に全てが悲しく、虚しく感じられます。

 トラクターが修理から復帰して3日目、現在急ピッチで田んぼの畦の補修をしています。作業中も今年作付できない農家はすごい数なんだろうなぁ、どんな気持ちで春を迎えられるのかなぁ、ひょっとしたらうちの米作りも放射能の影響でいつかは自主廃業しなくてはならなくなるかも知れないなぁ、なんてことを考えてしまいます。

少しずつ調べていく中で、原発の状態は、報道されているよりかなり悪いのではないかと言うのが私の正直な感覚です。

調べていくと、ずっと以前から原発のウソと隠蔽に関して、いかに強い報道統制がなされていたかが、枚挙にいとまがないほど分かっていきます。こんな体質は大事故があっても変る筈がなく(変る筈がないから体質な訳で)、ですから現時点では東電~政府~テレビ報道の情報は報道統制の真っただ中と認識し、ほぼ信用していません。今回に限って本当のことを言っているとは私にはどうしても思えないのです。

後の時代になって、この3者のラインはかなり痛烈な批判を浴びることになると思います。

信じるも自由、信じないも自由、いずれにしても誰もが各々自分で判断していかなくてはいけません。

問題は4基がそろって危険な状態にあると言うことです。もし4基中1基でも放射能漏れがもっと激しくなり、放射能の危険で作業員が近寄れなくなり退避しなくてはならなくなった時が、万策の尽きる時です。

ずっとギリギリの状態が続いています。

万策尽き、4基(6基)をそのまま放棄すると・・・。

最良のパターンでは4基全部がそろって共に無事冷却が開始されれば、爆発の危険はなくなりますが、それでも放射能漏れはしばらくはずっと続くことになります。

悪いパターンならどうする?良いパターンならどうする?

決して悲観的なのではなく、できる範囲で自分なりに思いを巡らせています。

この危惧「そんな最悪な事は起こらないよ」「いやぁ~心配のし過ぎでした!」で、どうかどうか終わりますように。