山ちゃん:山田正隆プロフィール


山ちゃんのプロフィールは、農業界では珍しい経歴と言われます。でも私の中ではちゃんと一本の筋や多くの出会いがあって、お米作りに導かれたんだと知って頂けたら嬉しいです。お陰様で米作り今年で24年目。ちっちゃいけど私のストーリーです。



父:熊本県熊本市、母:福島県郡山市のハーフ                            

昭和41年生まれ

 

岐阜県可児町立春里小学校 

 

可児市立蘇南中学校 

 

可児市立西可児中学校 

 

岐阜県立可児高校普通科

岐阜県有数の進学校になるとは知らず

ニコニコしながら新設高校に入学。

開けてびっくり、強制勉強漬けの日々に心から

この学校に入ったことを後悔。

生まれ変わったら、この高校には二度と行かないことと

将来絶対先生にはならないことを心に誓う(涙

 陸上ホッケー部キャプテンで、進学校でなぜか筋肉を鍛える日々。

勉強のため強制的に部活を辞めさせられていく多くの同級生の中で

しぶとく運動部を続けたお陰で、いわゆる足の速い子枠

みたいな扱いで人生最大のモテ期が訪れる。

英語の期末試験で学年180人中178番の成績を収める

下にまだ2人いると思いきや、先生から呼び出され

「山田な、この時2人風邪で欠席だからなっ。」

「えっ。それって。」うなずく先生。

 

神奈川大学法学部法律学科

待ってました!暗黒の高校時代から解き放たれる青春期

アイスホッケー部、劇団、バイク、 バイト

中国アジアへのバックパッカーに明け暮れる

ほとんど寝た覚えがない

東京自由が丘の広告代理店に就職を決めるも

「やっぱり、世界が見たい!」

アメリカに留学する(公式見解)

・・・大学時代に好きな女の子に振られ続け

「同じ日本の空気を吸うことが耐えられない(泣)」と

ヘタレな自分を認め

アメリカに海外逃避する(非公式見解)

 

 

アメリカ北アイオワ州立大学 

全く英語が話せないのに「えいっ!破れかぶれだ!」と

アメリカの岐阜県のような所に約一年半留学する

この大学が一番学費が安く、日本人が少ないとのことで。

「これはペンです」的な英語力にもかかわらず

「えいっ!破れかぶれついでだ!」と

大学でアイスホッケークラブを作る。

大学のHPによると、今ではこのアイスホッケー

立派なクラブに成長しているが、その成り立ちが

英語が苦手な日本の青年が身振り手振りで

アメリカ人を集めたとは載っていない。

そういえば、集まったアメリカ人の半分くらいは

アイスホッケーなのにアメフトの防具を身に着けていた(爆)

語学コース、その後の学部での同級生は36か国。

多くの中南米・アジアの留学生仲間の影響で

「人にとって一番大事なのは治安だ!」

帰国後警察官になることを決める 

 

警視庁警察官警察学校

超自由な羽ばたけるアメリカ生活から帰国

一転、警察学校という6か月間の超管理閉鎖社会に隔離される。

「なんじゃこりゃ!?」

不条理のオンパレードも今からすれば

何冊も本が書けるくらいの笑いネタ豊富な監禁生活

白いものも黒と言われれば黒です!と言えるようになる。 

学科・拳銃・運動と人生最高の成績で

卒業式では同期80人中2番の成績で無事ご卒業

成績優秀者は父母まで表彰され「誉れ高い息子」として

意気揚々と所轄警察署に配属

 

警視庁王子警察署 

配属されてすぐに検挙率は署内でトップ争い。

署内の検挙率ドル箱ルーキーとして大事にされる。

ある種の才能なのか、当時はすれ違うだけで悪い人が分かった。

 今でも警察官が自分にとって天職だったと思う。

続けていれば、間違いなく公安部の配属

ちゃんと出世もしただろう。 

ところがちょっとこれは言えないが、警察の数々の闇を見てしまい

仕事は「天職」だったが「転職」することに(号泣)

 多くの少年犯罪ともいたちごっこを繰り返し

治安は確かに大事だけれど、私にはもっと大事なことがあるのではないか

「人生をかけるべきは教育だ!」

と(天)職を決意する。

「誉れ高い息子」がそうでなくなるので

父母が大変なショックを受ける

→自分自身の人生を歩む覚醒と決意をする。

 

 

(財)横浜YMCA健康教育部

野外キャンプ担当 多数の企画を任せてもらう。

よく終電逃して徹夜で仕事して、

朝掃除のおばちゃんにほうきで

つつかれて起こされてました。

当時も仕事場に泊まるのはご法度だったので、

見つかって始末書も何度も書いて、

上司から「お前、始末書書くのうまいなぁ。

どこで覚えてきたんだ?」「あ、警察です・・」

 無人島から北海道の雪洞泊など

年中子供達とのキャンプ漬けの日々

そんな楽しい毎日を送りながらも

多くの子供達がぜんそくやアトピー、

幼児糖尿病などに苦しむ姿を見て

教育も大事だけれど私にはもっと大事なことがあるのではないか

「人生をかけるべきは食だ!!」

と辿り着き農業を目指すことに。

  企画力や創造性はYMCAで随分鍛えられました。

現在、古巣横浜YMCAの保育園の園児たち

山ちゃんのお米を食べて育ってくれています。

こんなに嬉しいことはありません・・

YMCA在職中の夢が実現しました(号泣)

 

農事組合福地ハイランズ

「安全な食べ物を作るぞ!」

ならば「米だ!」何も知らずに就農 

米の作り方も経営もド素人から始め

毎日が心身共にギリギリ

はじめて5~6年間の記憶がほとんどない

農水省・認定農業者

岐阜クリーン農業

馬のうららを飼う

福島原発事故~400万円を投資して放射能測定を始める

文科省・第2種放射能取扱主任者

(社)穀物検定協会穀物検定員

 

 農業生産法人

株式会社 福地ハイランズ

2013年農事組合法人から株式会社に組織変更、

代表取締役就任、就農25年目を迎える

農業という狭い枠にとらわれない

自由な発想・経営を目指す

ならば「お米のことならなんでもやるぞ!」

これまで作ったコメの品種は15種類以上

お米のルーツ中国雲南省には約10回

台湾・フィリピン・タイ・カンボジアなど

東南アジアの国々やイタリアで農作業の道場破り

マレーシア・ミャンマー・フィリピン

・ラオスでは農業指導

酒蔵さやお菓子屋さんとのPB日本酒や甘酒など新商品の開発

 

お米作りは幅も奥行きも無限。

農作業はきついことばかりだけど、いい仕事につけて幸せです。

「お米を開放することは自分を開放すること」そのもの。

これからももっともっと農業やお米を自由な発想で

解き放てたらいいなぁ。

そんなことを考えながら日々を過ごしています。