敗戦を終戦と呼び変え

「金持ちたちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ」
  サルトル

天皇に国会議員に元帥に大臣、糞な連中が戦争起こして貧乏人をたくさん殺すのは当然の成り行きなのだろう。

天皇は神様だ、日本は神国だ、神風だ、と信じさせて310万人もの日本人を死なせたのに、戦犯怖さに「私、実は人間でした」宣言してGHQに擦り寄り、更に命乞いよろしく沖縄も売り飛ばした天皇。

そんな無礼千万な人間宣言責任逃れの天皇を平和天皇だと相変わらず崇めてありがたがる庶民。陸軍も海軍も統帥していた大元帥天皇にの戦争責任が無いはずがない。平和どころか天皇は沢山の作戦にまで口を出して軍すら混乱させていたことはこの本に詳しい。一体どこが平和天皇なんだ。最高責任者の名の下に戦争を裁可しておいて。

庶民の知的や思考のレベルが低過ぎてまた同じような糞な国会議員に票を入れる。天皇をありがたがり、経済が悪くとも言われるままに防衛費増額になんとなく賛成し、やがて自分たちが徴兵され殺し殺されやっと「あれ?なんか変だな…どうしてこんなことに…」の繰り返しになるしかないのだろうか。

多大な被害を被った庶民も、原爆はいかん、戦争だけはいかん、人殺しはいかん、と心情論ばかりを訴え、不思議とその矛先が元凶である戦争や人殺しをはじめると決める政府や国会議員達に向くことはない。
片手落ちの平和祈願などは怖くない。
むしろ戦争に逆利用されることすらある。

そんな自分でも天皇や国会議員になったらと想像してみる…するとどうだろう。最初は庶民に寄り添ってと思っていたのに自分もいつのまにか特権階級意識で糞の様な思考回路になり強大な武力による国防(国防という名の戦争)を声高に叫ぶようになるに違いない。
一人の死など虫ケラ以下で、千人、万人の死も痛くも痒くもなくなる。
だって戦争でしょ、人が死ぬのは当たり前。
私は間違いなくそんな権力者になる。
毎日毎日先生先生と呼ばれ誰からも意見されずお金も権力も集まれば私もあなたもそうなる。
だから危ないのだ。
権力とまるで縁遠くてよかった。

糞の様な思考回路は巧妙、危機感や優越感を煽りいつの間にか私を戦争へ加担させる。
自分が権力側なら時間や段階を踏まえて間違わずに確実にそうしてみせる。

「北朝鮮からミサイルが降って来る!みんな危ない!先に攻撃して潰してしまえ!それにはまず国防費の増額だッ!狂った国に対抗するにはそれしかない!」…ほらもう。わかりやすい。

310万人の命と引き換えに私達は何を学んできたのだろう。
「敗戦」を「終戦」と言い換え。
時々どうしようもなく悲しく、どうしようもない無力感に襲われる。

8月15日。
せめて、もう数日だけでも戦争を早く終わらせておけば、どれ程多くの人が死なずに済んだだろう。

でもそうはいかない。
私も権力者だったなら「国を守る!」と声高に叫び、自分は安全な所にいながら人々を扇動し、どれ程大勢の人が死のうと何とも思わなくなってたはずだ。

だから、危ないのだ。