2014年

2月

14日

凡庸な悪

映画「ハンナ・アーレント」

ユダヤ人絶滅計画を指揮したナチス高級軍人が、戦後逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報機関に捕まり、その裁判での物語。実話。ご興味ある方は☛http://www.cetera.co.jp/h_arendt/

 

この映画観ている最中ずっと僕は、オウム裁判や光市母子殺害事件のことを考えていた。例えば、有名なオウム真理教の裁判はかなり無理のある裁判になっている。麻原被告は第一回公判で既に精神異常を来たしているのは、誰が見ても明らか。ところがこれは「詐病」扱い。正式な裁判を成立させて麻原を死刑にしないと全国民が納得しないからだ。これはもう裁判ではない。

 

ジャーナリスト二人の考えは正反対。江川紹子は「麻原は精神異常のフリをしている。遺族の心情を考え死刑に」と主張し、森達也は「被告は本当の精神異常で裁判にならない。無理な裁判進行は裁判制度そのものを崩壊させる」と主張する。世間は森達也に対して「オウム真理教を弁護するのはケシカラン」とバッシングの嵐。

 

ここで注目すべきは、森達也は決して麻原やオウム真理教を弁護などしていない点だ。ルールを最も大事にする「裁判手続き」において、ルール違反はダメだと言っているに過ぎない。世間のバッシングはまるで見当ハズレ。でも国民ほぼ全員が麻原の死刑を望んでいる。

だから司法当局も無理やり正式な、正義な裁判を装う。

 

この映画の元ゲシュタポの中佐アイヒマンは誰もが驚く程の普通の人だった。一人一人の思考停止した先にある「普通の人の、凡庸な悪」の力は絶大だ。気付かないうちに、人は考えなくなり判断能力を失い流れに身を任せ、大多数であることが正義であるとすり替える。

 

震災後あんなに大きかった脱原発・原発再稼働反対の声は小さくなり、東京は再稼働を主張する都知事を選んだ。やがて何もなかったように日本中で何10基もの原発が再稼働する。

 

そして、いつも、こう言う。「どうしてアウシュビッツなんて作ったんだ?どうして戦争になっちゃったんだ?どうして原発はまた爆発したんだ?」

私も愚かな一人だけど「凡庸な悪」には与したくないものだと思う。