2013年

1月

14日

超えられない武勇伝

可児市と美濃加茂市をつなぐ太田橋。この橋を通る度に「親父には敵わない・・」といつも思う。この川は木曽川、記憶は断片的だけど僕はこの橋からさほど遠くない社宅で小さい頃を過ごした。地元の2~3000人の大きな会社Kに勤めていた親父は、ちょっとした有名人だった。それは・・

 

ここはお客さんを乗せた木船が遠く犬山市まで川下りする「ライン下り」の始発点。近所に住む若かりし頃の親父が橋の上から川下りの船を眺めていると、川を下る船の乗客から「お~い!」と声がかかる。「オ~イ」と返事をすると、乗客は旅の恥はかき捨てとばかりに「お~~~い!飛び降りてみろ~~!」とお声がかかる。

「よ~し、見てろよ~!!」って、現代人の私にはまったく意味不明だが、見ず知らずの乗客を喜ばせるためなのか何なのか?若かりし頃の親父は「エイッ!」とばかりに飛び降りたそうだ。

しかもそんなことが4回。「なぜだ?!」

 

最後に飛び込んだ時は、たまたま川の水量が少なく川底が浅かったため、シコタマお尻を川底に打ち付け立ち上がることができず、プカプカと数十㌔先の終点の犬山市まで流れて行き、川岸にやっと辿り着いたところでビテイコツ骨折による即入院というオマケつきだった。

 

社員数が多いK会社、今でも親父世代のOB社員に出会って話が弾むとと、かなり高い確率で「お、お前があの伝説の太田橋(から飛び込んだ)の清ちゃん(清三郎)の息子か!」とみんな驚いた表情で昔話が始まりその話でもちきりになる。

 

そんなこともあって、今でも車でこの橋を通る度に橋から下を見てしまう私。

その度に「冗談じゃない、絶対に飛び込みたくない!」と思うのだが、通る時は必ず「今日は川の水量はあるかな?今日飛び降りたら尾てい骨骨折かな?いや、今日なら大丈夫そうだ・・」と無意識に川面を見てしまう。勘弁してくれ。

 

これだけは一生親父を超えられない、いや、超えたくない、いや、超えなくていい。(危)