2012年

6月

16日

いのちを語るということ

夜訳も分からず誘われるまま私的な小さな会に出たら「弁当の日」の会でした。そんな日があるんですね~全く知りませんでした。

九州大学から博士と香川県からの先生を招いての会。スライドを交えた講演は流石研究者。弁当と言う切り口から現代の農作物の抱える問題、農薬・肥料などの栽培方法に始まり、ミネラル不足・孤食・生活スタイルetc社会としても問題を広範囲に捉えて「食・いのち・環境」がテーマでした。いわゆる「食育」。総論大賛成。

 

ところが「食・命・環境」これだけ広範囲な考察に一切・全く原発や放射能は出てきません。食や命について語られるのに、なぜ放射能のことだけがスッポリ切り取られたように全く触れられていないのか食に携わる一人としては非常に疑問です。「なぜ?」と質問するとあっさり「専門外」だからとかわされました。

 

食は命そのものです。放射能がこれだけまき散らされてしまった今、放射能の危険性に触れずして、どうやって子供たちに命や食や環境を語られるのか私にはとても不思議です。弁当のことだけを語るならOKです。

が、弁当を通して「命や地球や食」を講演するのなら、今も今後も一大事の放射能についてスッポリ語らないのは責任を果たしているとは言えません。明らかに片手落ちです。

 

「いのちと食」を語り、多くの人に影響を与える講演者である以上「放射能は専門外」「放射能のことを語るとなると膨大な時間と経費がかかる」などという言い分は通りません。もちょっとがんばって下さると嬉しい。随分しつこく噛みついてみましたが、無理だろうなぁ。これからもずっと放射能問題抜きで「いのちと食」を語り続けられるのだろうなぁ。4年後にもし子供たちにガンが増えはじめたら、さぁて、そろそろお弁当の講演に放射能問題でも入れますか・・となるのかなぁ。

そこいらが「食育」と言う元来お上から降ってきたお題目の限界です。