2011年

7月

12日

ノモンハンと責任

隔月刊雑誌「歴史群像」今月の特集は1939年に起きた日本とソ連の国境紛争「ノモンハン事件」。

親父が自衛隊出身だったこともあってか、戦史には興味があり、小学生の頃からその類の本を沢山読んできました。 ノモンハンもその一つ。悲惨です。

戦史好きが高じて大学生の時には、自衛隊の幹部候補試験を受けようと願書を取り寄せたこともありました。結局は軍隊ぽい警視庁に就職したのですが、それも子供の時からの戦史好きの脈絡があったからかも知れません。

 

最近まではノモンハン事件で日本軍は惨敗したことになっていましたが、実はソ連軍も相当な損害があって、互角の戦いかそれ以上だったのではないかと言う説が近年は多く見られます。勝ち負けはどちらにしても日本軍が壊滅的損害を被ったことは事実です。この戦いでは、師団レベルで全滅・壊滅が相次ぎました。

 

この戦いは「作戦の神様」と呼ばれた参謀・辻政信http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E6%94%BF%E4%BF%A1が参加していたことでも有名です。戦史に少し詳しい人なら彼を知らない人はいません。彼は数奇な一生を送り太平洋戦争も生き残り、戦後国会議員になって最後はラオスを視察旅行に出かけ消息不明になっています。現地で処刑されたと言われています。

もう一つ彼を有名にしているのは(なにが「作戦の神様」なものですか・・)ノモンハン事件を始め太平洋戦争で数々の戦術的失敗を繰り返し、膨大な部下を死なせておきながら、なんら責任を取ることなく逆に順調に出世し、戦後は国会議員にまでなってしまう経歴(そして奇行)にあります。

辻政信を始め、同じように戦争中の責任を取ることなく国会議員になった人物に航空参謀の源田実http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%94%B0%E5%AE%9Fがいます。特攻隊の生みの親は大西瀧次郎と言われていますが、実は源田実です。彼は戦後、無差別爆撃を立案し東京大空襲で多くの民間日本人を焼き殺したアメリカ空軍ルメイ将軍に勲章を贈っています。その後彼もアメリカ議会から勲章をお返しに頂くオマケ付きでした。

その他にも、あのインパール作戦で何万人もの兵士を無理な作戦で死に追いやった牟田口廉也http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9Fなど、無責任極まりない例は枚挙にいとまがありません。彼は戦後も作戦失敗の責任を部下に押し付け続ける発言を執拗に繰り返しました。

 

こうして見てみると、戦争に限らず原発でも他の問題でも、責任を取らないのは何も今に始まった訳でなく、一つの日本の悪しき文化としてず~っと続いているのです。戦史好きの私がそれに気付いたのは、もうずいぶん前のことです。

 

これほどの大きな原発事故、被災者を始め日本の将来にも多大な影響を及ぼし、これからも及ぼし続ける原発事故の責任も・・結局のところ「絶対に誰も取りません。」

なぜそう言い切れるかと言うと、責任を取らない文化や、誰に責任があるのか確信犯的にウヤムヤに分からなくしているシステムが脈々と続いているからです。

 

何十年と原発を推進してきたのは間違いなく自民党。自らが行ってきた愚行を顧みることなく、事故が起きたタイミングの与党民主党を責める。

民主党も止めときゃいいのに原発再稼働を推進する。その後民主党は政権から転げ落ちます。次期政権は原発再稼働の責任は前政権にあり、私達に責任はないと言います。その通りだからです。

つまりは次にまた原発事故が起きても、絶対に誰も責任を取らない。政府?東電?保安院?これからも間違いなく誰も責任を取らない。

問題なのは、責任を取れる筈もないことを、さも責任を取る・取れるような雰囲気で進めようとしていることです。

 

ノモンハンが1939年、敗戦1945年、今は2011年。

残念ながら本質は何も変わっていません。

歴史がそれを証明しています。

戦争当時の大本営発表と現政権・東電・保安院の発表、事実隠しや楽観論が非常によく似ているのは偶然ではありません。

大本営「勝っている」・現政府「安全です」

現実には戦争は「負け」・放射能汚染は私達が思うより数段深刻で広範囲に「危険」です。

 

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コメント: 4
  • #1

    松尾 (火曜日, 12 7月 2011 19:52)

    初めて書きこみします。
    さすがですね、ノモンハンでは日本軍は
    人海戦術で、ソ連の機甲師団の前にぺしゃんこ
    でしたもんね。ソ連の死傷者数は日本軍を上回り
    ましたが、硫黄島での戦いでの死傷者数がアメリカ軍の
    方が上回ったと言ってるようなもんですよね。
    実際は日本軍がほとんど死亡してしまったのににてますね

    本質は変わらないことって、国民が変わってないことに
    通じませんか?
    官僚主義も国民の気質も、戦時も現在も変わらないから
    と思いませんか?今はそれほど情報統制されてませんが。

    そのあたりの不思議は今私は考え中です。答えは山本七平
    あたりに少しある感じがしてきます。

    長くなりましたが、戦中でも、今でも尊敬できる官僚、軍人は
    います。海軍なら米内光政、井上成美、陸軍なら堀栄三などは
    時局を冷徹にとらえているので、いいと思いますよ。

    瀬島龍三なんかは最悪な軍官僚の例で源田実に似てますよね。

  • #2

    山ちゃんのお米 (水曜日, 13 7月 2011 22:32)

    松尾さん ありがとうございます。
    米内光政、井上成美、瀬島龍三、堀栄三などお詳しいですね。勉強になりました。
    田舎の選挙などいまだに戦時中かと思うくらい、ハチマキ締めてエイエイお~です。それも嫌で、選挙にはノータッチでいさせてもらってますが、村で選挙に協力しないとなかなかのプレッシャーを感じるものです。でも、こんな小さな村の選挙のことも断ったりできなくて、戦争なんてとんでもない大きなものを断ることなんてできないと自分にいい聞かせています。
    実はブログでは天皇や統帥権に関してもチラリと載せようと思いましたが、やっぱり天皇に関してなどは載せない方がいいと自然に判断しちゃいますね。ここも戦中と変わらないタブーですね。インパールの佐藤幸徳など好きでしたが、彼は彼なりに岐阜出身の将官から批判されていますね。また面白い軍人などいましたら教えて下さい。

  • #3

    松尾 (木曜日, 14 7月 2011 21:16)

    タブーも是非、書いてください。統帥権問題などは、非常に興味深いです。 ご紹介下さった、佐藤幸徳の海軍版は木村昌福 牟田口廉也に匹敵するひどい将官は花谷正で、ほんとにひどいです。

    私の最近の興味は、尉官レベルの軍人です。とても勇敢に戦って、多くは亡くなられているのが、私としては非常に残念です紫電改に搭乗して散った鴛渕 孝大尉は好きな尉官です。
    ムチャクチャな作戦でも、死地に飛び込んでいった心意気は、胸が熱くなります。日の当らない下士官をもっと知って、記録をたどっていきたいです。それが供養になるのではと最近思います。長文失礼しました。
      

  • #4

    山ちゃんのお米 (火曜日, 19 7月 2011 21:08)

    松尾さん ありがとうございます。
    タブーは温めておきます(笑)

    そうですね、私も将官にはあまり興味がなくなってます。
    松尾さんは343空の鴛渕孝大尉ですね。私も子供の頃松山343空を目をキラキラさせて読んでいたのを思い出します。
    私が最近興味があるのは尉官ではありませんが、桜花を腹に抱いた一式陸攻で全滅した「野中一家」の野中少佐です。
    どうせ組織を任されるなら彼など私の理想に近いのかもしれません。