正体

モンゴルに日本の核廃棄物を捨てる計画。

先日出会ったモンゴル人と、3年前まで可児市に住んでいて仲良くさせてもらったモンゴル人の友人に、日本人として何と申し開きすればよいのでしょう。「穴があったら入りたい」恥ずかしくてたまりません。

 

日本に核廃棄物の最終処分場は存在しません。ごみ箱がないのにドンドン危険なゴミが日本中に溢れているのが原子力行政の正体です。「再処理工場」と呼ぶ仮のごみ箱・核廃棄物巨大貯蔵場は青森県六ケ所村。ここももう一杯です。一度廃棄物を出したら10万年安定貯蔵しなくてはなりません。10万年です。10万年誰がどうやって。誰がどう考えても化け物を10万年飼うなんて無理な話です。こんな危ない廃棄物は日本には貯蔵できない、遠くて知らない国モンゴルに持っていけばいいってことですね。

 

何が節電ですか。

問題のすり替えも甚だしい。私は誤魔化されません。原発が全て停止しても元々電力は足りている事実、節電ニュースでもっと肝心な放射能の危険性から目が遠ざかることを。なぜ花粉予報や節電予報はしきりにニュースして、放射能拡散予報はやらないのでしょうね。

福島原発はもう末期的な状態です。忘れてはイケマセン。放射能は事故以来毎日漏れ続け垂れ流し続け、それが休むことなくずっと続いています。それがどれほど異常なことなのか。

 

青森県六ケ所村、モンゴル。

ついでに中国の核廃棄物はどこに行くかご存知ですか?チベットです。以前チベットについての本で読んだことがありますが、チベットには中国以外の核廃棄物もドンドン埋葬されています。そのせいでチベット族は被曝し奇形の子供たちがたくさん生まれています。

六ヶ所村、モンゴル、チベット、先進国や都会が電力を使い、残りのとんでもなく危険な核廃棄物は過疎地か民族的に弱い地域に押し付ける原子力発電・・何と言う差別の上に成り立った電力でしょう。

それに比べて「節電騒ぎ」のなんと軽薄で本質から外れたすり替えのカラクリ。

 

差別の上にしか成り立たない原子力発電と核廃棄物処理。

何がクリーンで未来のエネルギーなものですか。これが原発の正体です。

しかも自国で廃棄物を処理するならまだしも、モンゴル人にまで危険に晒して我々が豊かさを謳歌する。それもアメリカを隠れ蓑に。どういう精神構造になるとこんな無茶苦茶な発想ができるのでしょうかね、東芝さん!

子供の頃「サザエさん」を無邪気に見ていたものです。「技術で未来を明るくする」筈ではなかったのですか、東芝さん。どんどん闇が拡散してるじゃないですか、東芝さん。

お金が命を越えていく。