2011年

4月

16日

何が見える

原発事故の問題をずっと考えていくと、劣化ウラン弾や原爆・水爆に始まり、差別や戦争、富の集中やお金の流れ、組織に意識に政治に国際問題・・ことは原発を置いてきぼりにして問題は複雑な絡みの中にあるんだと言うことが分かってきます。とても東電や政府を悪者にし善悪の単純化だけで思考停止させることができません。原発は年間2兆円から3兆円産業になっていて、従事する人も多いので止めることは非常に難しいし、いままで止められなかったのも頷けます。

 

あえて単純化させると「お金の価値が命の価値を越えてしまった」と言えるのかもしれません。そして、これは原発に限った事ではないと思います。お金って本質的には実体が無いのに。。。

 

京都大学原子力実験所の小出助教の著書や動画などをいくつも見ていると、彼が言っていることは単に原発の問題だけでなく「誰かの犠牲の上に成り立つ幸せの不条理」をずっと訴えている気がしてなりません。

不条理はコトの善悪の単純化だけではすみません。  

それにしても、こんなことばかりを連日考えたり、知らなかった事実を次々に知っていくと非常に暗澹たる気持ちになってきて、もういい加減調べたり考えるのをやめようかとも思いますし、実際もうちょっと若い時だったら耐えられず思考停止に逃げ込んでいたのかも知れません。

今はそれに少しは耐えたり自分なりに正面から見ようとする努力が少しはできるような年齢を重ねてきたのかな?ともフッと思えます。

 

原発を自分なりにマジで考えることで、自分の生活や心、意識を少し深く掘り下げる作業をしているのかも知れません。

 

ここ数年、自分の中で手に負えそうもない問題だと思う事柄は般若心経に照らし合わせて考えてみることしています。そうすると心が軽くなって知らぬ間にフゥ~ッと問題が消えて自由な感覚なることが多いのです。ところが今回の原発問題はたくさんの命に関わることだから、どうやって般若心経の考えに当てはめるのか分からないでいました。

でも最近、上手く言えませんが何か感覚的に当てはまり方があるような気がしています。

何か見えてきそうです。

よし、もうちょっと粘ってみよう。  

 http://www.ustream.tv/recorded/14058706