2010年

8月

25日

カムサムニダ

「カムサムニダ」福地小学校(今春廃校)に勤務されていたI先生から頂いた韓国のお米です。先日「山田さ~ん、今韓国から電話してま~す。」とI先生から携帯に国際電話。では是非勉強の為にお土産は韓国のお米を!とお願いしてました。

韓国には学生時代2週間ほど一人旅をしたことがありましたが、大韓航空機が墜落するんじゃないかというほど始終揺れに揺れ(実際大韓航空機爆破事件の直後だった)機内が悲鳴の渦だったことはハッキリ覚えいます。が、若気の至り、痛恨の極み、まさか自分がお米を作ることになるとは夢にも思ってなかったので、現地のお米の味も稲や田んぼのことなど全~然覚えていません。モッタイナイ。

お米なのにパッケージがリンゴの写真なのは「リンゴと同じように皮をむいて(つまり精米)すぐのお米は新鮮」との説明文とセット。

北朝鮮との国境・板門店に行く時は「万一戦闘が起きて、死んでも文句は言いません」という誓約書を書かされ国連の武装ジープに挟まれたバスに揺られた覚えも、デパートで「あんたは日本人だから売らない」と言われてショックだったり、メニューが読めなくて毎日プルコギ食べてどのキムチも恐ろしく辛かった覚えも、韓国人女性は本当に綺麗だなぁと感動した覚えもあるけど、お米の味は全~然覚えてましぇん。勿体なぁ~。

今の自分なら現地の農民の友達をたくさん作ることだけに全ての精力を注ぐことでしょう。

 

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コメント: 2
  • #1

    パイナップルみち (木曜日, 26 8月 2010 22:42)

    山ちゃん、お久しぶりです。福地小学校を去ってから半年がたちました。山ちゃんのホームページを久しぶりにみたら、リニューアルされており、進化し続けている福地を知りました。またなつかしくなり、このブログを見入ってしまいました。昨年度末から、毎日このブログで時を刻んでいたんですね。福地の四季が思い出され、いろんな思い出がよみがえってきました。今までのブログを読んで、一言。実は本当に福地小の最後のカギをしめたのは私です。3月31日の午後11時過ぎだったかな。また、先日の大雨で八百津で大災害があった翌日、山ちゃんに電話をしたのですが、つながりませんでした。山ちゃんを心配する、福地を心配する方々がいっぱいいたのだと思います。もしくは、山ちゃんが福地中をかけめぐり、人や田を守っていたのではと思いました。山ちゃんには大変お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいなのは、今も変わりません。ありがとうございました。偶然、福地小のI先生の記事の時にこうやって出くわしたのも、この世の縁かもしれません。

  • #2

    山ちゃん (日曜日, 29 8月 2010 21:26)

    パイナップル先生ありがとうございます。おひさしぶりです!
    個人的には福地小学校が閉校したことより、パイナップル先生にちゃんと芸(あの靴下芸その他)を伝えられたのかがずっと気になっていました(笑)
    PTAとの飲み会の時にはどの小学校にいらしても、あの思い切った時間と情景を思い出して下さい。
    先日福地のS氏が、「K一番」のK教頭から当時のメンバーで飲み会はまだやらないのかと催促のお電話があったと聞いてます。機会を見つけてやりましょうね。
    西濃の新芸をたのし~みにしています。
    福地と違い灼熱地獄の様な下界でのお仕事、たまには息抜きがてらまた福地に遊びに来て下さい。
    またお会いできることを心から楽しみにしています。
    時間があったらまたこのHPの方にも遊びに来て下さい。
    ありがとうございました。